#147 ひいき

2016.06.30

 贔屓という漢字が書けない。読めるけど書けない漢字のひとつである。

 今、あらためてよく見てみると、貝がめっちゃ多い。ひいきの中に四つもあるではないか。

 ひいきとは、貝を与えることだったのだろうか。または貝をぶつけることだったのだろうか。ほら、貝ってかつては貨幣だったこともあるだろう。きっと価値あるものなのだ。時の権力者はお気に入りの奴隷に貝をぶつけて遊んだ、とかさ、そういうの。そんな故事でもあるんでないべかと軽く検索してみたが、そういうわけではないらしい。じゃあどんな由来かといえば、軽く検索してみただけではよくわからなかったので各自でよろしくお願いしたい。

 検索ついでに辞書的な意味を記しておくと、ひいきとは、気に入った人に肩入れしたり、援助したりすることである。これだけを読むと決してネガティブな印象はない。誰もが気に入った人には肩入れもするし、可能なら援助だってする。というか、したいものだ。なのに、ひいきという言葉はネガティブに使われることのほうが多いように感じる。

 たとえば、きょうだいの前の親。たとえば、生徒の前の教師。たとえば、部下の前の上司。たとえば、選手の前の審判。本来、公平でなければならない立場の人がひいきをしたとき、それは不正として告発される。糾弾される。「よくないひいき」は、語られる。

 いっぽう、そのような立場にない個人が、その人自身の責任において、独断と偏見で誰かをひいきすること。それはまったく問題ない。誰もそれに文句を言うことはない。それは語られない。だって語られる意味のない現象だから。「よいひいき」は語られることがない。

 だから、ひいきという言葉にはネガティブな雰囲気が染みついてしまっているのではないか。よいひいき、みんなもっとすればいいのに。

 ひいきは気持ちいい。フラットに見えていた事象も、誰かに肩入れすると途端に違って見えてくる。楽しくなることも増えるし、悲しくなることも増える。感情の振れ幅が大きくなる。感情の起点を外部化しているからである。

 よくないひいきだとわかっていながら、白い目で見られることも理解していながら、それでもよくないひいきをしてしまいがちなのは、ひいきの快楽に抗えないからだろう。ひいきには中毒性がある。「してはいけない」と禁止を伴いながら語られがちな行為には、たいてい中毒性があるものだ。

 ひいきは人に対してだけではない。企業やお店に対しても可能である。ひいきの店のひとつやふたつ、誰しもあるのではないだろうか。あるいは、今はひいきがないという人も、できればひいきの店のひとつやふたつ、持ちたいと思っているのではないか。相手が人ではなくたって、ひいきの快楽は変わらない。むしろ増すぐらいかもしれない。

 そうそう、お店の人だって「どうぞごひいきに」と客にお願いするではないか。つまり、ひいきはビジネスだ。いかにひいきされるかを競う、その営みがビジネスといえるのではないか。ひいきされるようにものをつくったりサービスを提供したりして、ひいきしてくれる相手を大切にして。それをブランディングと表現してもいいのかもしれない。

 ひいきされたい、と、ひいきしたい、はどっちが先なのだろう。僕はなんとなく、ひいきされたいのほうが先というか、強いんじゃないかと思っていた。だってやっぱり、ひいきされるといろいろいい。何かと得だし有利だし、決して悪い気分じゃないだろうし。

 でも、ひょっとして起点は、ひいきしたい、のほうなんじゃなかろうか。ひいきする側は特に得するわけではないけれど、なんてったってひいきは気持ちがいい。ある種の優越感、「私が目をかけて育ててやったんだ感」も得られる。

 だいいち、ひいきされようとする営みがある意味で相手次第なところがあるのと違い、ひいきするのはする側の勝手である。好きなときにひいきし始めればよいし、好きなときにひいきをやめてもよいのだ。身分不相応のひいきだってまるで問題ない。近頃の「アイドルの誰某推し」なんていうのは、つまりひいきのことだものね。

 ただ、問題ないのはあくまで「勝手にひいきに思っている」場合であって、たとえば若い女性作家につきまとうおっさん、いわゆるギャラリーストーカーなんて話もときどき目にするけれど、それはあかん。なんていうか、前述の分類とは違った意味で「よくないひいき」だから。ひいきすることでひいきされたい、という欲望を否定できるほど僕は聖人でも粋でもないけれど、少なくとも、ひいきされる側のやる気を削ぐようなまねを、ひいきする側がしちゃいかんよな。

 家族を持つということは、公然とひいきをする契約を結ぶようなものだと思う。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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