#145 ネクタイ

2016.06.16

 遅めの朝の電車は空いていた。向かいに座るスーツにノーネクタイの青年が、ビジネスバッグからネクタイを取り出し結び始めた。僕にはその様子がとてもだらしなく見えて、で、そう感じたことを新鮮に思った。

 公共の場での化粧についてはずいぶん前から議論がある。周囲にいる人間(電車の場合なら乗客)がそれを不快に感じるのは「無視されていると感じるから」という説明が、僕はいちばん腑に落ちる。化粧という行為は人目につかない場所で行うものだという前提があって、だからこそ目の前で化粧をしている他人から私は「いないものとされている」。それが不快だというのだ。

 別に、すっぴんでいること自体が不快にさせているわけではないのだ。本人さえよければそれでいいのだし、気にする人はあまりいないだろう。ただ、化粧という行為を開始することによって、その人が「すっぴんを見せてはいけない顔だと認識している」ということが周囲に対して明らかになる。「お前、すっぴんだったんかい」ということになってしまう。そこが面白いなあと思う。

 ネクタイを結ぶ青年にモヤッとした僕の感情も、同じ理屈で説明がつきそうである。ネクタイを結ぶなんて家ですることでしょうに。そして、ネクタイを結ぶという行為さえなければノーネクタイでもまるで問題なかったのに、ネクタイを結び始めた瞬間に「お前、ノーネクタイだったんかい」となるのである。

 で、僕が感じた新鮮な驚きはまさにここ、すなわち「ノーネクタイでもまるで問題なかった」ところにあったのだった。なぜならば、かつての常識的感覚であればおそらく僕はスーツなのにノーネクタイであるという時点でムムッと違和感をおぼえ、なんなら密かに眉をひそめたはずなのだ。だけど僕は、青年がネクタイを結び始めるまでノーネクタイでまるで問題なかった。自然だった。ああ、もう、そうなっているんだ、とあらためて思ったのだ。

 ノーネクタイはここ十年でかなり普通になった。十年前ならスーツを着ているのにネクタイをしていない男性なんて全然いなかっただろう。それこそ終電、頭にネクタイを巻いた酔っ払いみたいなのしか。ほんとにいたのかそんなの。知らんけど。

 大きな分岐点は言うまでもなく二〇〇五年、クールビズの開始である。そして、時をほぼ同じくしてITの人たちがたくさんテレビに出て、Tシャツにジャケット羽織ればいいよねー、みたくなった。

 僕が学生生活を終えて就職したのは二〇〇四年の四月である。その時点では、少なくともスーツを着る職業の人々は真夏だろうがネクタイを締めるのが当たり前だった。北海道から上京したばかりの僕にとって、クソ暑いビル街でネクタイを締めねばならないことは新社会人の憂鬱を加速させた(二〇〇四年の夏は猛暑だった)。

 ただ、ややこしいことに僕が就職した最初の職場は「スーツだけど、ネクタイは締めても締めなくてもいいっていうか、まあ入社三年ぐらい経ったら自由にしていいんじゃないの」的な、実に玉虫色なネクタイ不文律があった。僕は新人だったからネクタイ必須ってことでわかりやすかったんだけど、ネクタイを外したくてしかたなかった。とにかく暑さがきつかった。あのまま勤め続けていたらいつかネクタイを外すか、それとも外さないか、かなり悩んだと思う。一年で退職してしまったので、クールビズ以降のネクタイ事情がどういうことになっているかは知らないのだが。

 以降、ネクタイをほとんど締めることのない職場を転々として現在に至る僕は、今や年に数回程度しかネクタイを締めない男になってしまった。元々そんなに上手じゃなかったネクタイの締め方が、さらに下手になっている。一発で長さが決まらない。曲がる。情けないことである。

 ネクタイの起源を僕は知らないが、少なくとも現代の服装においてそれは完全なる装飾要素であって、機能はない。ネクタイがなくても首元は締まるし防寒の意味もない。そのような「純粋な装飾」を服装に施すことに対して僕は若干の気恥ずかしさがある。もしこのまま地球がどんどん暑くなって、ノーネクタイが当たり前になって、ネクタイが社会的記号としてのポジションを失ったとしたら、ネクタイをすることがさらに恥ずかしくなりそうだ。ある意味、現在の蝶ネクタイのようなポジションに。

 そういえば「ネクタイなんか締めたくないっすよ」的な言説が、かつては僕の身近なところにあった。ネクタイは旧態然とした組織による束縛、あるいは同じことの繰り返しが続く退屈な生活の象徴として用いられていた。今、それほど耳にすることがないように思うのは、ネクタイがかつてほどマストではなくなった状況を意味しているのだろうか。それとも単に、僕がそのような言説を感知するアンテナを失った、すなわち青々とした瑞々しい若さを失ったということなのだろうか。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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