#143 腕まくり

2016.06.02

 持っているスウェットの袖口のリブは概ねだるだるである。せっかくのお気に入りのスウェットも買ってまもなく袖口がべろべろにのびてしまう。原因はわかっている。腕まくりのしすぎである。

 北海道といっても街にもよるが、一日中半袖で過ごせる季節というのはせいぜい七月・八月といったところか。六月や九月も半袖でいい日はけっこうあるが、夜は腕を包む布が、すなわち袖が欲しくなるような冷え込み方をするものだ。つまり一年に十ヶ月は何らかのかたちで長袖のお世話になっているということになる。つまり僕は一年に十ヶ月は何らかのかたちで腕まくりをしている。

 一般的に腕まくりをする理由はいくつかある。たぶん最も多いのは水仕事のときだ。料理にせよ洗い物にせよ、長袖をそのままにしたら袖口がびしゃびしゃに濡れてしまうから、まくる。ごく当たり前の、合理的な行為である。

 同じぐらい多いのは、暑いときだ。長袖では暑いがそのトップスを脱ぐことはできないというときにせめてもの対処として、あるいは脱ぐほどでもないなというときに、人は腕をまくる。ちょっとだけ涼しくなる。気休めの場合もあるが、これもまた至極真っ当な行為である。微風が腕毛をなぜる。

 あとはなんだ。「がんばろう」みたいなときか。「いっちょやったるで」みたく気合いを入れたいとき、気合いを入れたぞと演出したいときに、腕をまくる。……って、これはどうだろう。比喩的な言われ方はするし、マンガとか、一種の類型的な表現かもしれないけれど、実際にはあるだろうか。……まあ、あるか、なくはないか。ちょっとこの荷物運んでー、的な状況で、水に濡れるわけじゃないんだけど袖口がひらひらしていたら邪魔になりそうなときに、ぐいっと腕をまくる、みたいな。実用的な意味合いと精神的な意味合いが混じり合った腕まくり。

 ああ、もうひとつ、男らしさを演出したいときというのもあるか。オバマ米大統領がワイシャツを腕まくりするのは戦略的なセックスアピールだ、みたいな話もあったよね。僕のように貧弱な前腕と細い手首では逆効果かもしれないが。

 だいたいこんなところだろうか、腕まくりの理由。さて、それでは僕はなぜスウェットの袖口をダメにするほど腕まくりをしてしまうのかというと、実はこれらのどれでもない。僕の腕まくりは、癖である。なんかまくっちゃうのである。というか、無意識にまくっている。気づけば既にまくっている。なんなら、無意識にまくった袖が落ちてきて、それをぐいっとまくり直したときとかに気づく。

 気がついたのはごく最近のことだが、たぶん昔から、子供のときからずっとだ。いつの間にどうしてこんな癖がついたんだろう。暑がりで汗っかきだったからだろうかもしれない。あと、手首まわりが常にスッキリしていないとなんだか気持ち悪い感じもある。不器用な手先のわりに繊細なのである。

 別に腕まくりが癖だって正直なんの問題もないと思われるだろう。洋服を着たことのある人で、腕まくりをしたことがない人などいるのだろうか。それを見た人が不快な思いをするわけでもなし、本人的にもそれで快適だというのなら、腕まくり、全然いいんでないの、困ることないんでないのと。

 ただ、僕はお気に入りの服をできるだけ長く着たいのだ。そのためにも僕は袖口を死守しなければならないのだ。それでもまだ、シャツを着ているときは比較的、意識して腕まくりをしていると思う。雑にぐいっといける袖口と違って、袖口のボタンを外して、袖を折って……と手順を踏む必要があるからだ。そのような服は腕まくりによって袖口がへたるということもない。やはり注意すべきはスウェット、あるいはカットソーの類である。リブがきつくて腕まくりできないスウェットはそれはそれでイラッとするわけだが。

 また、前述のとおり、腕まくりは自然に落ちてくるのが常だ。たとえば水仕事のときなど、シャツ然り、シャツじゃなくても意識して腕まくりをしたときには、作業中に袖が落ちてくることのないようにしっかりと腕まくりをするものだ。ところが無意識な腕まくりの場合、そのへんは非常に雑である。雑な腕まくり状態のままで水仕事を始めれば、待っているのは袖口びしょびしょ地獄である。これがつらい。非常につらい。「ごめん、腕まくって!」と近くに人がいればいいが、ひとりであればギブアップだ。着替えるほどではないけれど、着替えなければかなり不快。それでも水であればまだいいが、仮にこれが塗料だったら? 墨汁だったら? ああ、恐ろしきかな袖地獄。

 というわけで、必要に応じての腕まくりはいいが、無意識な癖のやつはできるだけやめたいと思っている次第である。最近は七分袖が最強なんじゃないかと思っている。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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