#139 定規

2016.05.05

 デザイナーさんが紙を定規で測るのを見た。あ、そうだよな、と思った。

 ある広告制作の注文が入り、そのサイズに関する正確な情報がなかったときである。印刷物をつくる際、デザイナーさんたちはパソコンで仕事をする。大抵はイラストレーターというソフトでデザインをつくる。パソコンだから、当然、アバウトなサイズではいけない。最終的にはミリ単位の正確なサイズが必要になる。

 サイズがわからないままにつくり始めるのは無駄だ。だから僕は、サイズは絶対に事前に必要な情報だと思っていたし実際そうだ。でも、そのサイズ情報を待っている時間も無駄だ。どうするんだろうと思っていたら、デザイナーさんは参考となる印刷物の現物にひょいと定規をあててサイズを測ったのだった。あ、そうだよな、と思った。

 僕にとって定規で長さを測るということはとても新鮮に感じられたのだった。こうして書くと、何を馬鹿なことを、定規で長さを測るのは当たり前のことじゃないか、と思われるかもしれない。僕自身どうしてそれが新鮮だったのか自分でもわからなかった。定規には目盛りがついていて、長さが測れるようになっている、そんなの自明すぎることなのに。

 定規で長さを測ることを学校で教わったのは何年生のことだったっけ。竹製の三十センチ定規をランドセル(僕は小樽育ちなので「ナップランド」だったが)にぶっさして登下校していたのは、小三ぐらいだっただろうか。算数の時間。目盛りの読み方を教わって、物の長さを測るというそれだけがテストの問題になっていたような時期があったはずだ。その後も、学年が進むにつれて三角定規や分度器が登場し、長さだけでなく角度を測るようにもなった。

 それが変化したのは、たぶん算数が数学になってからだ。中学だったか高校だったか記憶が定かではないが、明確に変化した瞬間があった。指導要綱がどうなっているのか知らないけれど僕が教わった限りでいえば、定規はあくまで直線を引くための道具であるということになった。数学のテストの問題用紙に図が描かれていたとしても、その長さや角度は定規を当てることによってではなく、与えられている情報と計算によってのみ導き出されるものに変わったのだった。

 このようにして、定規で長さや角度を測らない大人ができあがってしまった。

 学校の勉強から解放されたのだから定規を使えるときは定規を使えばよいのである。もちろん定規を使えないときに計算は役立つが、そのことを僕は、なんだかすっかり忘れていたみたいだ。その計算の方法だってもうとっくに忘れてしまっているのに。文明の利器の活用を阻害するのは、知識や技術の不足だけでなく、無意識の思い込みもなのだなあ。学校教育を呪うほどではないけれど、自分がいかに受験勉強マンだったかを噛みしめる次第である。

 とはいえ、このところまったく長さを測ってこなかったというわけではない。最近はもっぱら巻き尺、すなわちメジャーを利用していた。たとえば引っ越しの際に測る家具のサイズなどのように一メートルを超えるような長いものを測ることが圧倒的に多いため、そして、そのような長さを測るための長い定規は持っていないためである。メジャーならわりとどんな家庭にもあると思うのだが、一メートルを超えるような定規がある家庭がどのぐらいあるだろうか。収納できないわけではなくても、必要性を考えたときに購入を躊躇する家がほとんどではないか。

 あの、びよんびよんする一メートル定規、教室で見たのを最後に見ていない。今も教室にはあのびよんびよんがあるのだろうか。あのびよんびよんで「喝!」って坐禅ごっことかするのだろうか。でかい三角定規と一緒にあるのだろうか。

 今、僕のペンケースの中に定規はない。長さを測ることも、直線を引くことも、今はほとんどないからである。それこそデザイナーさんだったら定規を使うこともあるだろうけれど僕にはその機会がほとんどない。文房具売り場を歩いているとプロダクトとしてグッとくる定規はけっこうあるのだが、それでもやっぱり、使わねえしなあ、と思って買うのをためらってしまうのだ。手帳のページの隅っこに短いながらも目盛りがついているから、もし長さを測る必要があればそいつでということになるだろうし。使ったことないけど。

 あ、でも、このまえテレビで紹介されていた、紙を切るために最適化された定規。カッターを使うのではなく、定規で押さえて手でビリッといくやつ。あれ、すごかったなあ。アルミの折り畳み定規。あれは欲しい。いや、たぶん使う機会はないんだけど欲しい。そんな高級品じゃないんだから買っちゃえばいいんだけど、でも、でもなあ、使うかなあ。

 インチ目盛りの定規ってたまに目にするけど、日本国内では本来、法律で販売禁止されているってマジ?


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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