#138 嘘

2016.04.28

 フィクションの作品について、これは嘘だから云々、というのはなんか違うんじゃないかなーと思っている。

 もちろん、そこに書かれた/描かれたものは実際にあったことではないし、物理法則を無視したような実際に起こりえないことの場合もある。フィクションを訳すと虚構であって、嘘というのは口の虚と書くから、フィクションが嘘だというのは嘘ではないのだ。

 でも、そんなフィクションの中にこそ本当があったりもするということもまたよく言われることだし、僕自身もそのように思っているので、「フィクションが嘘」というのは、言わんとすることはわかるし誤った文だとは思わないし目くじらたてるほどでは全然ないんだけれど、内心なんか違うなーと感じるのである。これは単なる僕の感覚である。

 嘘とは何か、を正確に説明するのは難しい。嘘を「本当ではないこと」とするならば、じゃあ「本当」って何よ? という話になってしまうからだ。本当とは何か、というのはそれこそ難しく、突き詰めて考えようとすると途端に行き詰まってしまう。

 時間軸を加えると、嘘はさらにややこしくなる。最初から嘘であることと、結果的に嘘になってしまうことは同じだろうか。さらには「嘘から出たまこと」なんていう事態も世の中にはある。その嘘は、いつ時点での嘘なのか。ああもう、ややこしい。

 本来ならこれらをまぜこぜにして「嘘はいけないこと」とするのは、ちょっと無理があるんじゃないだろうか。それでも僕らは、嘘というものをひとつの共通認識として取り扱いながら生きているし、それで特に問題も起こっていない。いや、実は問題が起こっているけど気づいていないだけなのかもしれない。僕らは曖昧な「嘘」を「してはいけないこと」として他人に求め、自身にも課しているわけだ。

 相手の言うことを信じることができなければコミュニケーションは成り立たないから、嘘はできるだけないほうがいい。それはもちろん原則だ。でも、例外的に許される嘘というものもある。高田純次の「こんにちは、アンジェリーナ・ジョリーです」だ。原則禁止であるはずの嘘もここまで純度を増すと、むしろ喜ばれるようになる。歓迎される嘘。冗談としての嘘。無害な嘘。僕はこれこそピュアな嘘、混じりっけのない嘘なんじゃないかなと思う。純次の嘘は純粋な嘘である。

 子どもの頃、ドラクエの裏技を教えてもらったことがあった。不確かな噂話というニュアンスではなく、その本人が実際に試したという話しぶりだった。ゲーム内で法外なお金が手に入ったり、レベルが上がったり、それはそれはグッとくる内容のもので、僕はとてもわくわくしながら学校から帰宅して、限られたゲーム時間を活用しそれを試した。再現しなかった。つまり全部嘘だった。疑いもせずに聞いていた僕はびっくりした。なぜその相手がそのようなことを言ったのか、つまり嘘をついたのか、その気持ちがまったく理解できなかったのである。

 嘘をつくことと、人を騙すことは、似ているようで違う。高田純次に相手を騙すつもりは微塵もない。憎まれる嘘は人を騙す嘘である。僕はドラクエの裏技を教えてくれた彼の気持ちが長年わからずにいた。後から嘘つき呼ばわりされるのはわかっていて、どうして嘘をついてしまうんだろうなあ、それって損なことばかりでひとつも得なことないじゃん、と。

 最近になって思うのは、それもコミュニケーションのひとつのかたちなのだろうということ。不器用な、いわゆる狼少年的なことなのかもしれない。迷惑な話であることに違いはないのだが、人間の快が感情の揺さぶり、その幅にあるのだとすれば、嘘もまたひとつのエンターテインメントとして機能すのではないか。嘘をつくことはサービス精神であるとすら言えるのかも。だったら、フィクションも嘘と呼んでもべつにいいか。前言撤回。

 僕自身は嘘をつくのがとても苦手なので(意識的にも技術的にも)、人を喜ばせる素敵な嘘をつけるようになってみたいなあという憧れは、実のところちょっとある。ちょっとだけ。嘘も方便じゃないけどさ。ああ、そうそう、「嘘も方便」というフレーズのお陰で、「方便」が「嘘」っていう意味みたく思われがちなの、ちょっと方便が可哀想だなーと思っている。

 裏技に失敗した僕は、翌日、彼のことを問い詰めなかった。話さなかった。かえって嘘のつきがいがなかったかもしれないな。気持ちをくんでやれなくてすまなかったな。

 嘘よりも腹が立つのは嘘ではないことを免罪符にした騙し行為だ。「嘘は言ってない」みたいなやつ。嘘じゃないことが問題なんじゃねえんだよ、みたいなやつ。

 以上、村上春樹でした。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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