#137 輪ゴム

2016.04.21

 箱の中身が一向に減らないままで十年近く経っている。買ったときの記憶がもうないのだが、たぶん独り暮らしを始めてすぐに買ったのだと思う。その後一度も新たに購入していない、円い穴の開いた輪ゴムの箱。

 逆にいえば、これまでが輪ゴムに頼りすぎてきた人生だったのかもしれない。食べきらなかったお菓子の袋に封をするとき。大きな紙を丸めて筒状にしたものを留めるとき。いつだって僕のそばには輪ゴムがあった。実家には輪ゴムの箱があるのが当たり前で、だからこそ僕も当然の生活備品として輪ゴムを購入したのだと思う。

 輪ゴムには様々な用途がある。「伸びる」ということと「環状である」ということの掛け合わせで、できることがいろいろある。いうまでもなく輪ゴムは非常に便利だ。なにかと使えるユーティリティ性が輪ゴムの魅力だ。だからこそ重宝されてきたし、そして、だからこそ出番が激減しているともいえるだろう。

 近年よく耳にする「上質な暮らし」的なもの。その要件についてはいろんな切り口でいろんな語り方ができると思うのだが、そのひとつは「選び抜いた専用道具を用いる」ことであると僕は思っている。家事にせよ家事以外の仕事にせよ、暮らしのなかの細かい部分、日常生活のなんてことない基本行動において、テキトーな道具で済ませてしまうのではなく使って心地よいような道具を用いることが推奨される。

 その点、輪ゴムには「なにか特別な用途」というものがない。多用途であるが故に「輪ゴムでなければならない出番」がないのだ。輪ゴムは器用貧乏なのである。そのユーティリティ性から控え選手としては重宝されるが、なかなかレギュラーの座を奪うには至らない。プロ野球でいえばファイターズの杉谷みたいな存在である。つまり杉谷は輪ゴムである。声のでかい輪ゴム。

 僕個人として「上質な暮らし」ができているとは思わないが、そのように道具を尊重する方向性に共感するところは多い(文房具が好きなことも関係しているかもしれない)。僕は、食べきらなかったお菓子の袋に封をするときは、輪ゴムよりもテープやクリップを使ったほうが便利であることに気づいてしまったのだ。

 とはいえ鈴木家における輪ゴム出場機会減を「上質な暮らし」風潮だけに求めるのはあまりにも雑な理屈である。その原因を、僕が大人になったから、と考えることもできるのではないか。

 たとえば僕は今の生活の中で、大きな紙を丸めて筒状にする機会はほとんどない。でも、子どもの頃はそういう機会がけっこうあったように思うのだ。そんなときはやはり輪ゴムが活躍していた。そういえば学生時代、生徒手帳に僕はゼムクリップと輪ゴムを挟んでいた。けっこう重宝したし、何度か級友を救ったこともある。鈴木ってそういうところある。

 さらにいえば、工作には輪ゴムがよく活用されたように思う。もちろん、輪ゴムじゃなくてもよい場合もあったのだろうが、どんな家庭にもある素材として工作の本なんかにはよく登場していた。それに、輪ゴムは動力になるのだ。ぐーっと伸ばしてばちんと縮めたり、ぐるぐる巻けばびゅんびゅん回ったりするエネルギー。この点は家庭にある他の素材では代替できない輪ゴムならではの役割かもしれない。

 そして、なんといっても言及しなければならないのは輪ゴム鉄砲だろう。割箸で作る輪ゴム鉄砲では、輪ゴムは割箸を結節する素材であると同時に弾丸でもあった。割箸は他の素材でも代えが利くが、輪ゴムだけは欠かせない。輪ゴム鉄砲だけはほんとうに、輪ゴムがなければ成立しない工作であった。

 そもそも指だけで輪ゴムを飛ばした。飛ばしまくった。的を狙ったし、人も狙った。いたずら心ではあるけれど、当たればけっこう痛かった。鉄砲がなくたって輪ゴムはそれ自体で弾丸であり、弾丸の推進力であった。つまり強引にまとめていうなら、輪ゴムは子どもが手にすることのできるパワーそのもの、暴力そのものであった。輪ゴムがあるだけでわくわくした。

 輪ゴムのいいところはもうひとつ、何度も繰り返し使えるということである。発射後の輪ゴムも回収すればすぐさま再び装填できる。消耗品であるような、ないような、微妙な立ち位置。それもあって、まだ使える輪ゴムを捨てるのをつい躊躇してしまう。その結果、使いもしない輪ゴムを手首に巻いてそのまま忘れてしまうのだ。仕出し弁当を食べた後とか。鈴木家の輪ゴムが減らないのはそれも原因のひとつかもしれない。

 いつの間にかどこかへ紛失してしまうか、長い歳月を経てぼろぼろに崩れてしまうまで、輪ゴムはそこにあり続ける。どう使われるかはそのときになってみないとわからない。輪ゴムの気持ちにしたら面白くないかもしれない。でもさ、やっぱりさ、輪ゴムは家になくちゃだめなんだよなあ。いろいろ便利で面白くてわくわくする輪ゴム。なあ杉谷。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com