#136 廊下

2016.04.14

 学校の廊下を走る子どもたちに罪はない。子どもは走る生きものなのだ。子どもは走る。とにかく走る。そして、大人は走らない。大人は廊下を走らない。

 そして、廊下ほど走りやすく、走り甲斐のある場所というのはなかなかない。あの長さ。あの幅。天井の高さや床の硬さもポイントだ。基本的に真っ直ぐで、時折コーナーがあるのも燃えるところだ。廊下は走りたくなるように、走ってくださいといわんばかりにできているのだ。

 そのうえ「廊下を走るな」という禁止勧告。もう前フリとしか思えないではないか。そういわれたらむしろ走りたくなるのが人間だということを、子どもなら殊更にそうであると、人類はまだ学んでいないというのか。人間にはまだまだ進歩の余地がある。

 本当に廊下を走らせたくないのなら、廊下がそうなっていなければならないのだ。走りにくく、走り甲斐のない、走りたくならない廊下。ジグザグ、デコボコ、ネバネバ、とかとか。そうすりゃ子どもだって廊下を走らない。そのぶんいろいろと差し支えるが仕方ない。大人たちは子どもたちに理不尽な無理強いを続けるのではなく、廊下それ自体を変えなければいけないのだ。そのとき、それを廊下と呼べるかは疑問だが。

 廊下は、何をもって廊下と呼べるのだろう。部屋と部屋、場所と場所とを繫ぐ通路、という以上の意味が廊下には含まれている気がするのだ。あえて辞書を引かずに考えてみるが、そこで思い当たるのは僕が子どもの頃におぼえた言葉遊びのフレーズ「長いは廊下、廊下は滑る」である。それでは、長いということと、滑るということ、これら二つの要素が、廊下をただの「通路」ではなく「廊下」たらしめているのだろうか。

 まず「長い」である。これは、距離的な長さというよりは、実際には形状的な細長さのことを指していると考えたほうが自然だろう。何メートル以上を廊下と呼ぶ、といった線引きはなさそうだ。

 廊下は長い。その幅に対して、進行方向のほうが長い空間。たしかに「とんでもない幅の廊下」というものを仮に考えたとき、それは既に廊下とは呼べない気がする。たとえその空間を介して複数の場所、複数の部屋がつながっていたとしても、それはなんかもう「ホール」だとか「フリースペース」だとか、そんな感じ。建物の平面図的には細長い線のように見えるものが廊下。……いやちょっと待て、それだけで本当に廊下と呼べるだろうか。それじゃ通路と変わらないんじゃないのか。

 じゃあ、もう一つの「滑る」を考えてみよう。これな。これさ、正直この原稿を書くまできちんと意識したことはなかったのだけれど、たしかに廊下はよく滑った気がする。学校にせよ、病院にせよ。実際、転んだことも何度かあったかもしれない。

 廊下はなぜ滑るのか。まずもって床の材質であろう。僕の知っている廊下はPタイルっていうんだろうか、硬くてペカペカの正方形のパネルが敷き詰められているような、そんでもってときどき何枚か割れてるような、そんな材質が多かったように思う。あれは滑る。底がゴムの上靴ではそうでもないが、来客用スリッパなんかを履いているとものすごく滑る。

 もちろん、古い建物なんかであれば木の廊下もあるだろう。その場合もきっと滑る。きっとワックスがしっかりかかっているか、あるいは無数の足に長年踏まれ続けて、まるで触られまくった仏像のようにペカペカになっているのだ。

 そう、実際に足が滑るかどうかは別にして、廊下はペカペカしているイメージ。ザラザラの廊下ってちょっと違う感じがしないだろうか。今、施設によっては、通路にカーペットが敷き詰められているようケースもあるのではと思う。あれをはたして「廊下」と呼べるか。呼べるのかもしれない、でも、なーんか違和感が拭いきれない。僕だけだろうか。

 最近まで住んでいたアパートには廊下があった。共用部分ではなく部屋の中である。幅は一メートルにも満たず、長さもたかだか数メートル足らずの、居間と寝室を結ぶ直線。床は木のフローリング。それは、紛れもなく廊下であった。

 廊下のあるアパートに住んでみて思ったのは、廊下が基本、デッドスペースだということである。そこに何が置けるわけでもなし、そこで過ごせるわけでなし。廊下に家賃を払ってると思うと、なんだかやるせなくなってしまう。物件の広告に「廊下あり」とは書かれない。廊下があることはアピールポイントにはならない。

 でも、僕はちょっとこの廊下が好きだった。部屋と部屋がべったり隣接しているんじゃなくて、そのちょっとのアプローチ、そこを通るあいだのちょっとだけ無駄な時間が、なんかよかったのである。あと、僕がもし子どもだったらスーパーボールで遊びまくったと思う。たぶんめっちゃ跳ねる。

 今の住まいにも廊下がある。スーパーボールを買おうと思う。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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