#135 足が速い

2016.04.07

 甥が韋駄天である。ふたり兄弟のお兄ちゃんのほう。幼稚園児の頃から運動会の徒競走は決まって一等賞。小三の今も一等賞。スピードスターの名をほしいままである。

 なんだこの野郎。甥、この野郎。モテモテだろうなあ、と思う。叔父の贔屓目かもしれないが顔だって悪くないし、性格だって明るい。少年野球も頑張ってる。そのうえ足が速いだなんて。小学生におけるモテ要素のほとんどすべてを網羅しているといっても過言でないのではないか。モテモテ確定じゃないのか。ヒュー!

 足が速いことの価値は、子どもの頃が最も高かったように思われる。「足が速い本位制」みたいなところが子どもの社会にはある。子どもはよく走る。なにかと走る。意味もなく走る。移動は基本走る。

 休み時間ともなれば鬼ごっこだ。足が速い子が鬼になるかそうでないかで状況は一変する。また、体育の時間然り、野球やサッカーなどのスポーツ然り、足が速いというのは競争(あるいは競走)に圧倒的優位をもたらす。僕の同級生で少年野球のチームメイトだった韋駄天は、セーフティーバントでガンガン出塁してたっけ。あれはすごかった。今にして思えばエグかった。

 そしてもちろん、運動会。足が速い子どもたちの最大の見せ場にして、真剣勝負の場。絶対に負けられない戦いがあったりなかったり。徒競走にも、完全にランダムな組で走るパターンと、足の速さで事前に走る組を選別されているパターンがあって、前者であれば勝負は走る前に決している部分もあると思うが、後者はなかなかスリリングである。拮抗した実力同士のつばぜり合い。ひとつのミスが勝負を決する精神戦のおもむきすらある。

 もちろん、なんてったって花形はリレーだ。各学年、各組から選抜された足が速い子どもたちの誇らしく晴れがましい大舞台。とはいえ、それだけ悲喜交々も多い。リレーは徒競走と違ってチーム戦であるから、ひとりの力、ひとりの頑張りだけで勝利できるものではない。負けているチームの走者が何人もごぼう抜きして一気にトップに躍り出るとか、燃える。めっちゃ燃える。

 いっぽう、ごぼう抜かれる選手もいるわけである。見ている側からすればそこがまた面白いんだと思うけど(そのへんはもしかすると駅伝好きの日本人っぽいメンタリティなのかもしれないけれど)、出場している選手もまた「自分はよかったのに勝てなかった理不尽さ」や「自分のせいで勝てなかった悔しさ」などを経験するだろう。選手にしかわからないしんどさである。韋駄天の甥は、もちろんリレーの選手である。そして、ごぼう抜くほう。叔父は燃える。叫ぶ。

 待てよ、と、ここで冷静になる。僕も小三まではリレーの選手だったのだった。でも、モテた記憶がない。さすがに小学生の世界だって足が速いだけでモテるほど甘くはないのだ。ちなみに少年野球も頑張ってた。でも……もう何も言うまい。

 大人になった僕らは足が速いとか遅いとかほとんど関係ない社会で生きている。もちろんスポーツを楽しんでいる人たちには関係あるだろうけど、それも基本的にはスポーツの範疇で、ということでしかない。日常生活や仕事や、まして足が速いことがその人の人格、その人の「一目置かれる感じ」に直結するようなことは、大人にはない。そもそも今、誰の足が速いのか遅いのか、もっといえば自分自身は足が速いのか遅いのか、わからない。試してみてもいいが、いろいろ覚悟しなければならない。腱とか。そういえば僕は、妻が足が速い人なのかどうか知らないぞ。きっともう僕は足の速さと無縁なままで暮らすのだろう。

 とはいえ、オリンピックや世界陸上を見ていれば、やはり一〇〇メートル走が花形なわけである。そこで勝利した者は「人類最速」なんて称されるわけで。なんなんだろうなあ、足が速いということのワクワク感。一〇〇メートル走のチャンピオンが世界的なスーパースターになるのだとすれば、足の速さに燃えるのは文化圏を問わない世界共通のものなのかしら。

 陸上競技に限っても走るほかに跳んだり投げたりする競技があるように、足の速さはフィジカル能力のすべてを意味するわけではない。だったら、運動会でも足の速さ以外にもっとフォーカスできないだろうか。たとえば腕相撲なんて僕のときは児童間で非公式に頻繁に行われたものだし、学年ナンバーワンが誰かなんてのはみんなが知っていた(右ならあいつ、左ならあいつというように)。そんなようなパワー系競技をどーんと取り入れてみるのはどうだろう。綱引きは今もあるけど、もっと。あとはほら、でかい樽をぶん投げたりとか、でかい跳び箱を跳んでみたりとか、そんなやつを、もっと。そしたら運動会が「筋肉番付」みたいになってしまうだろうか。なんなら「SASUKE」でもいいが。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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