#133 腕時計

2016.03.24

 初めての腕時計は二百円だった。お祭りの縁日のくじ引きのハズレの、キャラクターの描かれた水色のデジタル腕時計。幼稚園か、小一のときだ。

 外に遊びに行っても六時の夕食までには帰宅するというのが鈴木家のルールだった。当時の近所には大きめの寺があって、夕方の五時に鐘が鳴った。僕はその音を聞いて、でもやっぱり腕時計を見て、そして、家路についたものだった。

 幼稚園児で腕時計。早いなあ、と我ながら思う。子ども向けのケータイなんかもある現在と事情は異なるとはいえ、腕時計をしている幼児って見たことないように思う。仮に見たことがあったとすれば違和感を記憶している気がするから。

 どうして僕の親は僕に腕時計を与えたのだろう。父母どちらの意向だったのかはわからないが、ひょっとすると鉄道の運転士だった父の影響かもしれない。分刻み、秒刻みの正確さを問われる生活感覚というか。

 ともあれ僕は、好きとか嫌いとかではなく、当たり前のようにつけるものという認識で腕時計を巻き続けた。中学生までは学校に腕時計をしていくことはなかった(中学は明確に禁止だった)ので、帰宅後に出かける際に。高校に入ってからは、朝の通学時から腕時計を巻いて家を出た。

 人々と腕時計の関係を考える際、ひとつの分岐点はやはり携帯電話の普及だろう。僕にとっては大学生ぐらいのときで、それを機にまわりで腕時計をしない人が一気に増えた。折り畳み式の端末をパカッと開いて時間を確認するのはなんだか現代の懐中時計のようだなあと思った。ストラップもついていたし。その頃も僕は腕時計をしていたし、就職したときも変わらなかった。ずっとそれが当たり前だったから。

 当たり前すぎて、その時間が長すぎて、自分が、ものすごく頻繁に腕時計を見ている気がして、それがやたらと気になる時期があった。もうなにかっちゃ腕時計を見る。時刻を確認する。予定があるわけでもないのに。「あ、見てるな」と自分で思う。気になる。でもまた見ている。自然と見てしまう。見ないように意識してみる。それでも気がついたら見ている。普段の所作の中に腕時計を見ることが刻み込まれてしまっている。くせだった。そして、なんだか囚われていると感じてしまったのだ。

 それもあって、腕時計をせずに過ごしてみようと思いたったのだった。当時、滅多に外出のない内勤だったこともそれを助けた。オフィスには掛時計があり、そもそも目の前のパソコンで時刻確認は事足りる。それに、ずっとキーボードを叩いていると腕時計はしないほうが楽であることにも気がついたのだった。

 その後、仕事内容が変わり、取材や打ち合わせで外に出ることが増えてくると、やっぱり腕時計がないと不便だと思うようになり、現在に至る。幼稚園児のときと変わらず、毎日腕時計が当たり前。でも、ときどき忘れて出勤してしまうこともある。そんなに困らない。もちろんあったらあったでいい。腕時計をしない時期を経験したおかげだろうか、僕と腕時計、今ではずいぶんと肩の力の抜けた関係になれたみたいだ。

 僕が今持っているのは、普段からよくつけているG-SHOCKのアナログ、スーツのときなどにつけるメタルバンドのやつ、あと、ランニング用の腕時計の三本。これでほぼすべての目的に対応できており、まったく不都合のない満足の腕時計生活をおくっている。

 腕時計は時刻を知るためにつけるものだけど、アクセサリーとしての側面も当然ある。今では男性も手首にブレスレットやバングルや数珠などアクセサリーをつけるが、僕は手首が細いのでそういうのがあまり似合わない。あと、パソコン仕事にはやはりじゃらじゃらして邪魔だ。というわけで、腕時計にその役割をもたせるぐらいいいのかなとは思う。

 ただ、アクセサリー的な目的のためにいくつも腕時計を買って所持するというのはどうも不経済な気がして、つい買うのをためらってしまう。「ほしいなあ」と思う時計はときどきあるのだ。あるのだがそこはなんつうか僕にとっては文房具と近くて、たとえプロダクトとして気に入っていても、同じ目的のためのものをいくつも持っていても使えなかったら意味ないじゃん、それはなんかいやじゃん、というジレンマ。腕時計、一度にいくつもつけられないもの。

 高級腕時計の世界は僕にはよくわからない。何十万、何百万もするような腕時計。その価値を否定するつもりはないが、僕とは無縁な世界だなと思っている。経営者の方や、高額な商品を扱う仕事の方にとっては、ひとつの営業ツールでもあるという話はよくわかる。ハッタリ、お守り、あるいはたしなみのような。いや、きっと、手に取ってみたら「すげー」ってなるんだろうけどなあ。でも僕はG-SHOCKに慣れすぎちゃって、そのへんにガンガンぶつけて壊しちゃいそうだ。そんなもの、おっかなくてつけられやしないわ。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com