携帯電話のアプリケーション開発現場で働いていたことがある。スマホというものも、ガラケーという呼び名もなかった頃の話である。デザイナーでもプログラマーでもなく知識も技術もない僕は開発の交通整理アシスタントとして、頭からぷすぷすと火をふき口からひいひい声にならない声を漏らしながら一所懸命働いていた。

 そこで僕は「リクエスト」という言葉を知った。それまでの僕はリクエストといえばラジオのリクエストぐらいしか思いつかない人間だったが、そうではなかった。ケータイアプリ開発とラジオは関係なかった。「リクエスト」と「レスポンス」が対であることも知った。要求と応答。たしかに対だが、対だと意識したことはなかった。

 それは通信の用語であった。「このデータをちょうだいよ」というリクエストと「あいよ」というレスポンス。その積み重ねでもって僕らはウェブページを見たり、データを送り送られしたりできているわけである。詳しいことはよく知らないままだが、たぶん概ねざっくりそんなところである。たとえばウェブページが表示されない、データが受信できないなどのトラブルがあった際、そのトラブルは「そもそもリクエストができていない」のか「リクエストは正しくできているがレスポンスがされていない」のかでは対処が違う。このようにトラブルを切り分けて原因を究明するのに、リクエストとレスポンスという言葉は使われていた。おそらくたしかほぼほぼそんなところである。

 今ではリクエストもレスポンスも日常会話に普通に登場する言葉だ。「今日の晩ご飯、何かリクエストある?」「ぜんぜんレスポンスがない」などなど。カタカナ語をやたらと使うもんじゃないという意見もあるけれど、リクエストやレスポンスに関しては既に日本語として定着したといえるんじゃないかなと僕は感じている。まあ、代えの利きにくいカタカナ語と違って言い換えも容易な言葉ではあるので、感覚的には「どっちでもいい」っていうポジションかしら。

 もちろんリクエストのほうが先輩格だ。レスポンスのほうはパソコンやインターネットが身近になってから定着してきた気がする。ちなみに手元にある二〇〇三年版の『明鏡国語辞典 携帯版』には「リクエスト」は載っているが「レスポンス」は載っていない。

 ただ、リクエストを汎用的に「希望・要求」の意味で使い始めたのは、やはりわりかし最近のことだと思うのだ。冒頭にも書いたように、昔から、僕が子どもの頃、いや、もっと以前から、日本語のなかで使われていたリクエストは「楽曲」に限定されていたはずである。ですよね? それがどうしてなのかはわからないけれど、外来語の定着の順番として限定的な意味から拡大していくというのはなんだか興味深い経緯だなあと思う。

 リクエスト、していた。中学生の頃だ。居間でテレビを見るよりも部屋でラジオを聴くことのほうがどんどん多くなっていた時期だ。学校から帰宅して夕食を摂った後、いつも聴いている番組が始まるすこし前。電話をかけて、すぐには電話がつながらないことも多かった。ジーコジーコの黒電話で何度も何度も札幌011を回した。ものすごく熱心なリスナーというわけではなかったけれど、それなりに何回も。

 リクエストしたからといって必ずしも曲がかかるとは限らない。限らないからこそ、曲がかかるとものすごく嬉しかった。リクエストは、エアチェックのためという理由もあるが、それだけではなかった。やっぱりその嬉しさに味をしめたのだった。僕の名前が呼ばれるときもあれば、名前は呼ばれないんだけど曲がかかることもあった。「ほかたくさんの方からのリクエスト」に含まれているときだ。それでも嬉しかった。

 日替わりでリクエストランキングを発表する平日の夜の帯番組で、MEN’S 5の『“ヘーコキ”ましたね』がどんどんランキング上昇したことがあった。僕も毎晩、札幌011を回してMEN’S 5の『“ヘーコキ”ましたね』をリクエストし続けた。最終的に一位を獲得、そして十日連続一位という当時の番組記録を樹立した、あの興奮は今でも僕の根っこのあたりに残っている。あのとき僕は、会ったこともないラジオパーソナリティ、そして「ほかたくさん」のリスナー達とのつながりを感じていた。今でいう「祭」みたいなことだろうか。ユーザー参加型の原体験である。

 職場で流れているラジオを聴いていると、メッセージやリクエストって今でもまだやっているんだなあ、と思う。リクエストに対するレスポンス。それも電波を通じて。回りくどいんだけど、やっぱり嬉しいんだろうなあ。そうじゃなくっちゃ、ネットで音楽が聴けて一曲単位で買える時代にラジオにリクエストを送る理由がないもの。あ、ネットで音楽を買うのもリクエストか。通信的な意味で。

 東京03は電話代が怖くて回せなかったっけなあ。


face

鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com