#130 下見

2016.03.03

 どちらかといえば準備はするほうだ。アドリブが苦手だという自覚があるからだ。「準備は悲観的に、本番は楽観的に」とは以前の上司が何度も言っていたフレーズで今も僕の肝に銘じてある。残念ながら準備が足らず、悲観的な本番になってしまうこともなくはないが。

 そんな僕でも「受験会場の下見をしましょう」といわれたときにはびっくりした。だって受験である。机があって、椅子があって、ペーパーテストを受ける、それだけのためにどうして会場の下見が必要なのか。僕は大いに疑問に思った。なんとなく、周囲に流されて行ったは行ったけど。

 要は、会場自体の下見というよりは会場へ至る経路、交通機関、そして所要時間などを確認せよということなのだろうと思う。まあ、わかるよ、わかる。不確定要素はできるだけ取り除いて万全のメンタル、万全のコンディションでテストに臨みたい。わかる。ただ、試験会場はたいてい学校や予備校だ。よほど入り組んだアクセスでなければなんとかなるし、道に迷いそうになったとしても大勢の受験生が会場へ向かっているに違いないわけで最寄りの駅から人の流れに乗れば大丈夫なはず。最悪、タクシー使えばいいし。

 ……とかなんとか思っちゃうのは、僕が大人になったということなのだろう。そりゃ、中三とか高三とかで知らない町にいきなり行って大事なテスト受けてこいってのは、なかなかだ。そういや僕が受験生だった当時はスマホもなかった。地図アプリも乗り換えアプリもある今でも受験生は受験会場の下見ってするのかな。

 忘年会会場の下見というのは今まで何度かやっている。この場合は経路というよりは純粋に会場の、施設そのものの下見である。広さはどうか、席はどんな感じか、音声は、映像は、などなど。あと、場合によっては料理がどんなもんかというのを確かめることもある。

 このまえ、かなり大人数の忘年会の幹事グループに加わったのだけれど、会場下見がてら打ち合わせがてら普通に飲み食いしていたら「下見の幹事はドリンク一杯サービス」ということであった。ちょっとびっくりした。あって然るべきサービスだなとは思ったけれど、下見というものを前提にした商品設計がされていることが僕にとっては新鮮だったのだ。

 下見の「下」って、たとえば「下調べ」とか「下ごしらえ」のように、あくまで本番の手前、非公式の営みというニュアンスが含まれているように僕は感じている。だから会場の下見というとき、僕としては「普通の客として金を払う。下見ということは自分たちの事情であり会場側には関係ない」あるいは「会場側に下見ということを伝えたうえで、営業時間外あるいは邪魔にならない時間に、無料で行う」のどちらかという感覚なのだ。「下見の幹事はドリンク一杯サービス」はこれらのどちらでもない。下見という行為を公式化している。そこに僕は違和感をおぼえたのだと思う。

 僕が今まで経験した中で最も大がかりな下見といえば、いわゆるロケハンというやつである。ロケーション・ハンティング、略してロケハン。元々は映画業界の用語だと思うのだが、映像や写真の撮影を行う際に前もって現場(ロケ地)を訪れ撮影する場所を決めておくことである。つまりは下見である。

 正直、僕はロケハンをなめていた。せいぜい下見でしょう、と思っていた。つまりは下見というものをなめていたのだ。

 ロケハン後の撮影本番が大切なのはいうまでもない。が、ロケハンってまじ大事である。で、まじ大変である。撮りたい映像あるいは写真はいつ、どこで、どの角度から、どの機材で撮ることができるのか。あるいは、この場所ではいつ、どこで、どの角度から、どの機材で、どんな映像あるいは写真を撮ることができるのか。それをふまえて撮影本番はどのようなスケジュールで、どのような機材で、どのようなチームで臨むのがよいのか。相手がいる撮影であれば当然、事前の打ち合わせ、すりあわせ、もっといえば「仲良くなっておく」も兼ねている。

 それが住んでいる街の近場であればまだよいが、そうとは限らないのがロケハンである。泊まりがけの出張ロケハン、全然ある。僕は職種柄それほど多くはないけれど、職場の先輩はロケハンのために何度か海外に渡航していた(ロケハンから一回帰ってきて、そのあと再び撮影のために渡航)。いや−、たいへんである。

 下見、なめたらあかん。ほんとになめたらあかんのだ。むしろ下見こそ重要だ。農業の世界だって「苗半作」というではないか。まさに「準備は悲観的に、本番は楽観的に」である。ただ、仕事は(そして人生は)下見できないことのほうが多くって、それはそれでえいやと乗りきっていかねばならないのだけれど。下見の機会に恵まれたときには、最大限に生かしきるっていうことで。

 僕の大学受験当日は、大雪で列車止まったけどね。この場合は下見の意味があったのか、どうか。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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