#128 夜食

2016.02.18

 夜中まで自室の机に向かい勉強に勤しむ受験生。そこに、そっと出されるおにぎりのなんと美味そうなことか。具は何なのか、大きさはどうか、この際、そんなのどうだっていい。弁当として外に持参し食べるのとは違う、まだ温かく、海苔もぱりぱりとして、たくあんなんか添えられちゃって。うまい。絶対にうまい。

 いわゆるステレオタイプな夜食の風景である。あくまでイメージである。現実に見たことは、僕はない。

 僕もかつて受験生だったし、特に大学入試を控えていた時期は夜遅くまで勉強したこともあった。だけど僕の場合、夕食をしっかり摂っていたから腹が空くことはほとんどなかった。それでも何か食べるときはいつもの食事と同じくダイニングで。休憩というか気分転換も兼ねて。「自室に運んでもらって何か食べる」ということがなかった。そして、食べるものはもっぱらカロリーメイトかカップ麺だった気がする。母が何かつくってくれたことがあるような気もしないでもないが、正直あまり記憶がない。母には申し訳ないのだが、それだけ勉強に集中してたってことで勘弁していただきたい。

 そもそも高校生ぐらいまでは、夜遅くといっても明け方まで起きているだとか、徹夜とか、したことがなかった。試験前日の一夜漬けならまだしも、長丁場の受験勉強で毎晩眠い目をこすりながら無理しても効率もよくないし、そこそこのところで切り上げて寝ていたはずだ。よく「寝食を忘れて」というけれど、短期的はともかく長期的に頑張りたかったら寝も食も忘れてはいかんと僕は思う。とか、偉そうに言ってみたけど、要は眠かったわけです。

 なんか当時って、仮にどんなに腹が減っていてもそれが原因で眠れないということはなかった気がするのだ。すごく眠かったし、なんぼでも眠れた。若さだろうか。だろうねきっと。それに、もし起きていようとして「もうひとがんばり」のために何か食べていたとしたら、きっと満腹で眠くなっちゃって即撃沈だったろうなあ。

 食べてすぐに眠ってしまったら、それは夜食ではないのだ。たとえば大人になった現在、空腹でどうにも寝付けない夜中など僕はもぞもぞと寝床から這い出てキッチンへ行き、冷蔵庫の灯りの眩しさに顔をしかめながらチョコレートと牛乳を口に入れたりする。そして寝床にもぞもぞと戻る。これは、夜食じゃない。あくまで空腹を鎮めるための手段でしかない。夜食は「これを食べてその後も活動する」ことを前提に食べるもののような気がするのだ。

 夜食は間食とは違う。かといって朝昼夕のようなレギュラー食事とも違う。その独自の位置づけは「もうひとがんばり、のための食事」という部分に依拠しているように思える。僕は今、平日は仕事を終えて帰宅して零時過ぎ、まるで夜食のような時間帯に食事を摂るけれど、これは夜食ではない。夕食であり、ただの晩酌である。夜食は時間帯の問題ではない。極端な話、夜八時に食べたとしても状況によっては夜食になりうるのだ。

 夜食と疎遠な人生を送る僕であるが、夜食への憧れはずっとある。

 ひとつには、小学校卒業まで「夜九時就寝」が義務づけられていたことが影響している。つまり夜更かしへの憧れとほぼ同義、一体化している。当時の僕に、べつに夜更かししてまでしたい何かがあったわけではないのだけれど、夜更かしというものはそれ自体でわくわくする。そこに夜食があったりなんかしたら。ああ、もう、わくわくする。今やいつまで起きていたって誰に叱られるわけでもないけれど、僕にとって夜更かしは幼少期に刻印されたサムシングなのである。

 もうひとつには、これも幼児の頃からの「やや肥満な体型」が影響している。これは現在に至るまで尾を引いている。「夜に食べたら太ってしまう」という知識。意識。恐れ。食ってすぐ寝ると太るという自然の摂理に対する畏怖の念。食べたら太る。食・即・太。ああ後ろめたい。後ろめたくて魅力的。僕だって必要があれば夜食ぐらい楽しみたい。だがしかしこの罪悪感だけは、どうしても、これもまた刻印されたサムシングだ。食べても食べても太らない、太れない側の人はどうなんだろう。夜食の罪悪感って全然ないものなんだろうか。

 そして、さらにもうひとつ。僕の大好きな漫画『SLAM DUNK』で、バスケ部の主力選手がほぼ全員して赤点とってしまって全国大会に出られないかもってんで追試の前日に一夜漬け合宿するシーンがあって、そのときにヒロインの晴子さんがつくってくれる焼きうどん。涙を流しながら美味そうに焼きうどんをかっこむ主人公・桜木花道。僕の中で、ザ・夜食といったらあれだ。うまそうなんだよなあ、あれ。

 ああ、いかん、こんな原稿を夜中に書いてはいかんのだが。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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