拓磨という名前を親から貰ってかれこれ三十年以上が経つ。もはや好きも嫌いも冷静に判断できないけれど、イヤだなあと思ったことはないので気に入っていることになるのだろうか。

 好き嫌いは別にしても、この名前でよかったとひとつ確実にいえることがある。それは、読み間違えられることがないということだ。拓も磨も読み方は限定されており、「ひらみが」なんて不自然過ぎる読みは自然と排除されるからだ。苗字が鈴木なこともあって幼少時から下の名前で呼ばれることが多かったので、その点はとても助かった、というか楽だった。

 読みはいいのだが、書き間違われることが昔からとても多い。「たく」も「ま」も選択肢がわりといっぱいある。世の中にはいろんな「たくま」がいるのである。一人ひとりの心の中にそれぞれの「たくま」が。たいてい「拓」か「磨」のどちらかを間違われる。なんとも惜しいミスが多いのだ。

 いろんな人が書いた自分の名前の漢字を最もたくさん見る機会といえばお正月の年賀状になる。面白いなあと思ったのは、誤字の傾向が途中で変わったことだ。

 小、中、高校生ぐらいまでだろうか。拓磨の「磨」を間違われることが多かった。漢字の中の「石」の部分がコロコロ変わるのだ。石が手になって「摩」とか、石が呂になって「麿」とか、この「麻」という字の下にはいろんなものがくっつくのである。「麻の下に石です」といえばたいていは伝わるのだが、いまいちマイナーな「磨」なのである。「魔」なんて書かれたこともあったけど、明らかに悪ふざけとわかるので全然問題ない(ちょうど小学生の頃に「悪魔ちゃん」の騒動があったことも影響している)。いちど健康保険証が「麿」だったときがあって、それはさすがに再発行してもらった。

 最近ではそのような誤りは激減した。かわりに、二〇〇〇年あたりを境に急増して現在に至るパターンは「琢磨」である。この原因は明確である。変換である。年賀状に限っていえばパソコンの、メールなんかも含めれば携帯電話の変換。

 もともと「切磋琢磨」という四字熟語があるから、普通の人が「たくま」と打ってはじめに出てくる候補は「琢磨」になると思う。で、なまじ「磨」の字が同じもんだから、きっとそのまま正しいと思われてしまうのだろう。実際には正しい漢字を知っているのにうっかり誤変換してしまった、というケースもあるとは思う。けれど、たぶん僕の名前を「琢磨」と書いて(ほとんどの場合は打って)くる人たちは、僕の名前の正しい表記を「琢磨」だと覚えていると思う。知り合ったばかりの人に限らず、学生時代からの友人も。

 いっぺんそうと思い込んだ字を覚え直す、認識を改めるというのはなかなかたいへんだ。仕事で広告物をつくる際にも名前の漢字は文字校正の注意ポイントとして外せないし、必ず注意深く見るようにしているけれど、それでも見落としてしまうことはある。以前、僕が作成した企画書の中で、勤務先の社長の名前の漢字を思いっきり間違ったのを、本人から指摘されたときはまじ焦った。しかもそれは誤変換とかじゃなくて、完全に違って覚えていたのだった。思い込み、怖い。

 名前の読みを間違われるのは比較的訂正しやすい。会話のなかで明らかに呼称が異なるわけで第三者も気づきやすいし、そのまま通すとずっと変な空気になるから、訂正するのが普通だろう(余談だが。僕の妻は読み間違えられてばかりの名前で、それはそれでたいへんそうだ)。いっぽう、漢字を間違われるのはなんだか訂正しにくいなあと僕は感じている。なんつうか、そんな細かいことをいちいち言うの? みたいな、いちゃもんつけているみたいになるのがイヤなのだ。

 とかなんとかいっちゃって、こんな悩みが甘っちょろいことは重々わかっている。僕の名前なんて、ほんとかんたんだ。ちょっと間違われるときがあるからなんだってんだ。電話口で漢字を説明するのも超らくちんだし、そもそも「鈴木」なんて説明する必要すらない。世の中には特殊な漢字、要注意な漢字というのは山ほどあって、それこそ仕事の際には僕も大いに気をつけているつもりだけれど、本人達の苦労たるやいかばかりか想像もつかない。名乗るたび、名前を書かれるたびに細々とした説明と訂正を繰り返す人生。ああ、なんたる。おつかれさまです。僕は親に感謝します。

 ところで親に貰ったわけではない「鹿」という名前も、僕はかれこれ十年ほど使っている。もともとはインターネットのハンドルネーム、というかアカウント名として使い始めたものだけど、そもそものもともとは、東京で就職したときの上司に「おまえは北海道出身だからエゾシカや」といわれたのが発端であった。FAXに手書きで「蝦夷鹿より」って書いたら「漢字!」って笑われたのもいい思い出である。蝦夷の鹿です。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com