#118 静か

2015.12.10

 うるさいところに住みたいと願う人は多くないと思う。でも、静かなところに住みたいという、その静かさはきっと、人によって違う。

 たまに実家に帰るとうるさくてびっくりする。比較的大きな道路や鉄道の線路に近いので車が通る音がけっこうするし、列車が通ればガタンゴトンいうし汽笛も鳴るし、昼はともかく夜でもまあまあいろいろ聞こえてくるのだ。住んでいるときは全然気にならなかったのに、不思議なものだなあと思う。

 住まいがいちばん静かだったのは東京のアパートに住んでいたときだったかもしれない。自転車で渋谷まで行けちゃうような距離感で、いちばん都会がいちばん静かだったというのもおかしな話だけれど、アパートがあったのは大きな通りからも鉄道の線路や駅からも商店街からも離れた住宅街の小径を入ったようなところで、交通機関的な音とも、商売的な音とも無縁な場所だったのだ。強いていえば木造の一階だったから、隣や上の住人の生活音がときどき聞こえたぐらいか。

 静かなのがいいね、というとき、それはイコール無音ではない。音がありすぎる(大きさにせよ、多さにせよ)のは論外にしても、まったくの無音はむしろ落ち着かないということもある。静かすぎると自分の発する音が聞こえてきてかえって気になるということがあるように。

 マンガ『こち亀』で、両津はいつでもガチャガチャうるさい下町で育ったものだから、林間学校で音のしない場所へ行ったときにその環境が初めてで耳がヘンになった、みたいなエピソードがあった。じゃあ、下町が両津にとって「静か」かというとその表現はさすがに無理があるように思う。「気になる音がしない状態」が「静か」なのかもしれない。

 どんなに小さくても気になる音というのはある。人の声もそうだし、電子音もそうだし、どんな音ならいい、悪いという線引きは難しい。人によるし、時と場合にもよる。人工的な音が気になり自然な音は気にならない、ということでもない。水の流れる音は心落ち着くようでもあるが、気になるときは気になる。水がぴちょんぴちょん滴る音もそうだ。選挙カーがうるさいのだけは全世界共通だと思うけれど。

 つまりは落ち着けるかどうかというのが、僕らが求める静かな環境というものではないか。静かだから落ち着くのではなくて、落ち着ける状態を静かと呼んでいるのではないか。だとすればそれは非常に主観的だ。

 よく言われることだけれど、適度な雑音がするほうが落ち着くよね、というあれ。ちょっとざわざわしてる飲食店とかのほうが捗るよね的な、あれ。あの状態を「静か」と呼ぶかどうかはこれまた微妙だけれど、適切な雑音というのはなかなか難しいものである。たったひとり声のでかい客がいるだけでもうアウトだったり、声はでかくないんだけどなんか妙に気になる話が聞こえてきちゃったりしたらアウトだったり、それ明らかに騙されてますよね的な光景が目に飛び込んできただけでアウトだったり。難しい。

 モバイルコンテンツの企画をしていた前職のとき「雑音の着メロを配信しましょうよ」という僕のアイディアはあっさり否決されちゃったんだけど、今、というかけっこう前からだけど、いろんな環境音を配信しているサイトってあるよね。Pioneer Sound Materialとかね。いわゆる「作業用BGM」としてこういうのは重宝する。僕自身ときどきお世話になっている。

 オフィスも、いろんなところがありますね。同じ会社であっても電話がばんばん鳴るような営業マンがいるフロアは静かとはいえないだろうし、いっぽう今の僕のように広告制作スタッフだとか、プログラマーなんかがいるフロアというのはたいてい静かだ。もちろんフロアが分かれていないために常にうるさい環境で働いている人もいると思うけど、このへんはまあ慣れもあって。いずれにせよ、与えられている役割を最大限に発揮できる空間であればいいね、とは思うし、僕に関していえば幸い今の職場はヘッドホンの使用が許されているので、ちょっと集中できないなというときにはそいつで「強制的に静かな状態」をつくったりもするけれど。

 どんな音にまみれていようが落ち着いた心でいられるようになれればいいのだけれど、なかなかそういうわけにもいかない僕のような凡人はやはり、リラックスして集中できるような環境づくりに勤しまねばならないなあと思う次第。いろいろ工夫したり、ときにはお金をかけたりしても。

 休日の夕方に、家の中でぼんやりしていると、ふと、すげえ静かだなと気づいてしみじみすることがある。窓の外では日が暮れ始めて、その光景だけを肴に焼酎でも飲みたくなってしまうような。グラスの中で氷がとけて、コマーシャルみたいな音だなあと思う。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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