#117 坂

2015.12.03

 あるところに急な坂があった。その坂の途中に家が建っていた。そこに暮らす紳士に「この坂は急ですね」と言ってみた。すると紳士は「うちのところまではいいんだ。うちより上がきついんだ」と答えた。

 その坂を上っていくと、また家があった。そこに暮らす紳士に「この坂は急ですね」と言ってみた。すると紳士は「うちのところまではいいんだ。うちより上がきついんだ」と答えた。

 なんだか童話、あるいは教訓を読み取るべき寓話のようであるが、ただの実話である。僕が最近、とある場所で体験した実話。そういうものなんだな、と思った。

 僕の実家も坂の途中にあるのだが、僕も僕の家族もずっと「うちのところまではいいんだ。うちより上がきついんだ」と思っているし、言っている。他意はなく、実際そうだと本心からそう思っている。客観的事実としてもそうだと思っているのだけれど、どうやら怪しいみたいだ。

 僕は北海道の小樽で生まれて小樽で育った。小樽の地形は山を下りたらすぐに海。つまりは平地の少ない地形であり、坂の街として知られる。有名な運河の風景、あの場所は海沿いの埋め立て地である。このまえテレビ番組で小樽が特集されていて、小樽が急速に発展した百年ぐらい前、平地が少なくて困るから岩山を削って平地をつくって街を築いたみたいな話をしていて、そんな話ぜんぜん知らなかったのでいたく驚嘆、感動した次第である。

 そんな小樽だから、坂の途中に暮らしている人はとても多い。ということは、小樽の人たちの多くは「うちのところまではいいんだ。うちより上がきついんだ」と思っていることになる。坂の頂上に住んでいる人だけは「この坂はほんとにきついな」と思っているはずである。僕のふるさとはそういうところなのである。

 どこからきついかは別にしても、僕の実家のある坂が急であることには違いない。小樽は雪が積もる街だ。道路には除雪車が通る。除雪の後、圧雪された坂道は滑る。とても滑る。僕はその坂を歩いて上って中学校に通っていたのだけれど、滑ってまともに上れないという日が何度もあった。なんとか道の端っこ、除雪されていない雪深い場所を踏んで登校したものである。タクシーの運転手によっては冬の間その坂を通ることを拒否するほどだ。上りというよりは、下りが怖いらしい。止まれないから。実際、車が止まれなくて僕の家のそばの電柱に突っ込んできたことがある(冬じゃなかったけど雨の夜だった)。轟音と停電。あれはびびったなあ。

 自分の家の前だけでなく、あらゆる場所が坂だった。友達の家に自転車で遊びに行くときだって、どんなに立ちこぎしても上りきれない上り坂とか当たり前だった。帰りは猛スピードの下り坂で、楽しかったけれど怖かった。下り坂を自転車で下るとき、ブレーキを握りながら「ああ、せっかく稼いだ位置エネルギーを、僕はこの手で殺しているなあ」とか思っていた。

 だから大学進学で札幌に来たときにはまじびびった。だって真っ平らなんだもの。さすが日本で二番目の広さを誇る石狩平野、と、中学社会科の知識を引き出しながら僕は溜息をついた。そりゃみんな自転車乗るよなーと思った。それもママチャリ。老いも若きもママチャリ。小樽はママチャリなんか無理である。変速つきのマウンテンバイクが必須である。ちなみに小樽には自転車に乗れない人がまあまあいる。必要ないからなんだと思う。

 上りはしんどいし、下りは楽だったり怖かったり。雪が積もれば危ないし、積もらなくても危ないときは危ない。買い物袋が破ければリンゴはコロコロ転がってしまう。でも、坂、けっこう好きである。生まれ育ちがそうだったから抵抗がないというのもあるけれど、坂のいいところは、眺めがいいことだ。

 上り坂を上って、上って、上って、しんどい思いをして上った後に振り返ったときの、あの眺め。あるいは上って上って上りきったてっぺんを越えて下り坂に転じる地点の眺め。とてもいい。標高としての高さもそうだが、坂は道であるわけだから遮るものが少ない。曲がりくねった坂だとなかなかそうもいかないけれど、真っ直ぐな坂からスコンと抜ける眺めというのはなかなか格別である。「○○見坂」という名前の坂がたくさんあることからも、坂というのは昔からひとつの眺望スポットとして認識されていたことがわかる。関東には富士見坂がいっぱいあるし、小樽でいえば船見坂の上から港を見下ろす感じの景色も有名ですね。

 ちなみに小樽の子どもの身長・座高を測ると、全国平均よりも「脚が長い」傾向にあるらしい。なんでも坂が多いことが影響しているんじゃないの、とのことである。思わぬ坂の効用。僕には関係のないことであるが。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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