#116 暗証番号

2015.11.26

 マンガ『勇午』が大好きだ。類い稀なる知力体力精神力で国家権力を相手にしちゃう交渉人・別府勇午の物語である。そんな彼の仕事のひとつ・ロシア編で、こんなシーンがある。ある財宝を手に入れるために必要な暗証番号を知っているとして勇午は囚われの身になり、拷問され、自白剤を打たれてしまう。ところが勇午はこう言うのだ。……暗証番号の謎を解く手がかりは見つけたが、その謎を解いてしまっては自白させられるおそれがある。だから「考えるのをやめた」。かーっ、しびれるわ。

 ここから学べることは、暗証番号というものは自白させられる恐れがあるということだ。ただし僕らは普通に生きていて拘束されたり拷問されたり自白剤を打たれたりすることはほぼない。ありがたいことである。ところが暗証番号には自白剤の他に大敵がいる。自らの脳である。すなわち、自らの記憶である。

 人間は忘れる動物である。暗証番号を忘れると困る。故に、人間は困るのである。美しい三段論法である。

 どっこい人間は紙とペンを持っている。だから、忘れてしまうことを書き残しておくことができるのだ。よし、暗証番号を書いておこう。完璧だ。これで忘れてしまっても困らない。さて、暗証番号を忘れることは鍵をなくすことと同義だが、暗証番号を紙に書いておくことは鍵を盗んでくれと言っているのと同義である。家に誰も入れないのと、家に誰でも入れてしまうのと、どちらが困るだろうか。ああ、堂々巡り。

 勇午の例からもうひとつ学べることは、暗証番号そのものを記憶するのではなく、暗証番号を生成するための法則やヒントを記憶しておくことの有用性である。勇午の作中でいえば「ある歴史にとって縁が深い年号」という法則。そうすれば、番号自体を忘れてしまったとしても、法則さえ記憶しておけば番号を導き出すことができるというわけである。

 もちろん、この方法も安全だとは必ずしもいえない。1234や9999といった連番・ゾロ目の類はいうまでもなく、生年月日もダメだ。今や生年月日だけでなく様々なプロフィールがインターネットで公開されているのだ。これでは暗証番号としての用をなさない。例えば「最も好きな歴史の年号」とかでもいいかもしれないが、それで僕は高校のとき、友人の下駄箱ロッカーにかかっていた鍵の暗証番号(三桁)を一発で破ってしまったことがある。キャッチーな年号は、危ない。

 つまり「法則」方式をとるならば、その法則が相当突飛なものでなくてはならない。およそこの人間がそのような法則を採用するなんて、という。「あの女性がどうしてデーモン閣下の真の誕生日を?」みたいな誰からも推測されることのない法則。知られざる側面がある人間ならそれでもよいが僕のように裏表のない人間には酷だ。そして、自分と法則の間に距離があればあるほど、結局その法則すらも忘れてしまうのだ。

 僕はもう、番号に意味づけするのがあかんと思うに至った。暗証番号は、まったく意味のない(すくなくとも自分にとっては)数字の羅列であるべきだ。では、それをどのように記憶するか。書くしかない。自分が意識できるところの脳が憶えていられないのなら、体に染み込ませるしかない。

 こうと決めた文字列を、漢字の書き取りのように毎日書き取る。何十回、何百回と書き取る。ただし、書き取った紙は書き取ったそばから燃やす。これを幼少の頃より繰り返すことによってのみ、人間は完璧な暗証番号を手にすることができるのではないか。そういや昔、まだ携帯電話が普及していない頃までは、みんなけっこう電話番号を暗記していたはずである。語呂合わせがなくたって、プッシュホンあるいはジーコジーコの指が憶えていた感覚ってないですか。川端康成じゃないけどさ。

 すなわちこれ、暗証番号の血肉化である。便利でまっとうな現代人の日常生活に暗証番号(あるいはパスワード)が必要不可欠とされる昨今「暗証番号の書き取り」は義務教育化してもいいぐらいのものではないか。ちなみにその際には「画像データをメールで送るときにはエクセルとかパワポにわざわざ貼らないで元のファイルを送れ」もあわせて義務教育化してほしい。切に。

 ここで問題は、どのような形式の暗証番号またはパスワードを血肉とすべきなのか、である。これが非常に厄介、というか問題の本質はここにある気がする。やれ何桁だ、何文字以上何文字以内だ、アルファベットを混ぜる、混ぜない、大文字小文字を混ぜる混ぜないエトセトラ。これを統一しないことには、僕らは幼い頃からあらゆる仕様に応じたタイプの暗証番号を書き取らなければならない。遊ぶ暇はおろか、他の勉強をする暇すらなくなってしまう。

 個人的に最低だと思っているのは、ここ何年かで必要になった「運転免許証」に設定する暗証番号である。「四桁の番号を二つ」ってなんだそれ!


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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