男は一般的にどの部分から色気づいていくものなのだろう。

 僕は頭髪だった。子どもの頃からずーっとスポーツ刈りだった僕にとって、最初に越えなければならないハードルは頭髪だった。九十年代の前半、オシャレボウズなんていう言葉はまだなかった。中学生だった。僕のことを赤ん坊の頃から知っている床屋のオヤジに「髪を伸ばしたい」と告げるのはものすごく勇気が要った。いろいろ考えて前髪からちょっとずつ伸ばし始めることにした。

 髪型と同じく僕が気にしたのはシャンプーである。物心ついた頃からずっと使っていたのは「キューピーベビーシャンプー」だった。僕だけじゃなく弟と父、我が家の男性陣全員が使っていた。そのキューピーベビーシャンプーが、僕はたまらなくかっこ悪いと感じていたのだった。

 いま思えば誰が何のシャンプーを使っていても知ったこっちゃない。だが思春期とはそういうものである。たぶん教室とかで各々が使ってるシャンプーの話になったんだろう。男子だけならまだしもそこに女子もいただろう。そんな場面で「キューピーベビーシャンプー」は恥ずかしいと思ったんだろう。それをネタにして笑いを取る度胸もなくただじっと目を伏せて黙っていたのだろう。わかる、わかるよ、中一の俺、さあ涙をお拭き。

 もともと家族共用のシャンプーを使っているところを僕だけ、僕用にシャンプーを買ってくれという要求はこれまた勇気の要るものだった。で、ようやく買ってもらえたのが忘れもしない「Jリーグシャンプー」だ。忘れもしない緑色のキャップ。白いボトルにJリーグチームのロゴがずらっと並ぶデザインだ。忘れもしないシトラスの香りだ。シトラスってそのとき初めておぼえた言葉だ。サッカーとは無縁の人生だった僕はJリーグシャンプーに歓喜した。僕の中でJリーグが始動した瞬間だった。巨大な風船が弾けてカズが出てきた。カズはシトラスの香りがした。

 喜びもつかの間、僕の悩み多き時代が開幕してしまった。頭皮の悩みである。それまで赤ちゃんでも使えるような超やさしいシャンプーしか使ってこなかった僕の頭皮にJリーグシャンプーは刺激が強すぎたらしい。頭皮のトラブル、いわゆるフケだ。色気づきたての男子にこのトラブルはしんどかった。Jリーグシャンプーの使用はすぐにやめてフケ対策用シャンプーにしてみたり、それこそキューピーベビーシャンプーに戻したりと試行錯誤しながら、僕は十代の大半をこの悩みと向き合って過ごした。もちろん肉体的にそういうお年頃だったのもあるだろうけど、もし中一の僕にひとつだけ何か伝えられるとしたら「そのままキューピーベビーシャンプーを使い続けろ」と言いたい。ちくしょう、そもそもなんなんだよJリーグシャンプーって。Jリーグカレーじゃあるまいし。

 成人した頃には頭皮のトラブルは治まっていた。相性のよいシャンプーに巡り会ったということかもしれないし、年齢的なものかもしれないし、たぶん両方だろう。もう何年も同じシャンプーを使い続けている。特にこだわりがあるわけではないのだけれど、頭皮トラブルの再発が怖いのであまりころころとシャンプーを変えるのはいやだなという思いがある。

 ときどき、シャンプー売場で気になるものがある。ブラシというのかなんというのか、プラスチックとかシリコンでできてる剣山みたいなやつ。それでシャンプーすると頭皮をほどよく刺激しつつ毛穴の汚れがごっそりとれそうなやつ。あれである。CMとか見ていると気持ちよさそうだな〜って思ってたまに買っちゃうんだけど、結局すぐに使わなくなっちゃうんだよなあ。やっぱ手なんだよね。手、指がいちばん気持ちいい。そして、やっぱり自分じゃなくてひとにやってもらうのが気持ちいい。

 一度だけ、美容室で「シャンプーだけ」というのをやってみたことがある。社会人一年目で毎日夜中まで働いてボロボロになっていた頃、たまたま早く上がることができた帰り道、その当時髪を切っていた美容室の前を通ったらまだ営業時間内で、髪を切るにはまだぜんぜん伸びていなかったのに思わず入ってしまって。で、シャンプーだけお願いしたのだった。けっこう、がっしがし揉んでくれるようなシャンプーで、それはそれは気持ちよく、リフレッシュ効果がとても高かったのをおぼえている。あれはよかった。千円とかだったかな。

 いまはヘッドスパなるものがサービスとして独立していることが多いけど、そうじゃなかった当時よくもまあ「美容室でシャンプーだけ」なんて行為が僕にできたものだ。そんなの漫画『ハーレムビート』でしか見たことなかったもんな僕は。きっと中一の僕が聞いたら恥ずかしくって発狂してしまうだろう。まったく色気づくというのはたいへんだ。大人になって本当によかった。もう二度と色気づきたくないです。アー、アー。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com