#111 綿棒

2015.10.22

 僕の風呂上がりはビールでもフルーツ牛乳でもなく綿棒からと決まっている。

 左右の耳をくいくいとさらう。綿が水分を含む。たぶん、耳に水が入ったままになって病気にならないようにという親の心配から始まった習慣だ。幼い頃から現在に至るまで僕の風呂上がりは綿棒と共にある。これがみんなよくやっていることなのか、鈴木家だけのローカル習慣なのかは知らない。

 普段の耳掃除を綿棒で行う人もいるだろうが、僕はそこんところは「耳かき」派だ。綿棒を耳に挿入するのは風呂上がりの水分除去のためだけ。とはいえ、兼耳掃除みたいな感じにはなるのだけれど。ああ、とれたわ、みたいな。

 ビジネスホテルでもアメニティにたいてい綿棒はあるから出張先でも同じように綿棒を使う。が、ごく稀に綿棒がなかったり、フロントから自分で部屋に持っていくスタイルのホテルで取り忘れていたりすると「ああん」となる。一瞬なる。まあ、なきゃないでそんなに困るものでもないんだけど。水中に潜るわけでもあるまいし。いちおうトラベルセットに綿棒は入れてあるけど、それを使ったことはないかな。

 綿棒って綿の玉が両側にあるものが多いと思う。片方だけのやつや、片方が耳かきになっているやつもあるけど一般的に。で、右耳・左耳にそれぞれを使うんだけれど、たまに片方じゃ足りないときがないだろうか。僕はたいてい右耳からいくのだけれど、右耳をひとさらいした後に「あれ、これ、まだ右耳あるんじゃない?」みたいな感触のとき。僕は迷う。もう片方の玉をさらに右耳に使うべきか、それともまずは未処置の左耳に使うべきか。どちらにも一理あるだけに迷う。えいや、と右耳に使って、ほとんど釣果が上がらなかったとき「ああん」となる。たとえ釣果がなくとも、その玉を左耳に入れるのは、なんかいやなのである。結局、新しい綿棒を出す。最初から出せ。

 耳の他に僕が綿棒を使うのは口である。口内炎ができたときである。子どもの頃から口内炎ができやすい体質なんだけれど、その治療薬の「ケナログ」という軟膏がありまして、それを塗るのに使う。このとき僕がずっとジレンマに感じていたのは「一回に片方しか使わない」ということである。片方は唾液と軟膏ででろでろになっていても、もう片方は新品状態。捨ててしまうのはもったいないが、そのまま置いておくわけにもいかない。ああ、耳なら右耳左耳片方ずつでちょうどいいのに。ジレンマ。そこで僕は、ケナログ塗りに使い終わった綿棒の玉の部分だけをもぎ取って捨てることにした。で、残りをケナログと一緒にしまっておいて次回使うのだ。高校生ぐらいのときにこの技を編み出して僕はずいぶん満足したものである。書いてて自分で引くぐらい些細な話である。

 あと、僕は化粧をしないけど、化粧にも使うよね、綿棒。使わない? 女性の化粧の手順を真面目に見たことがないのでよくわかっていませんが。

 とまあ、色々と使えるけど特に用途の決まっていないのが綿棒というもの。綿棒の最初の用途って何だったんだろう。なんとなく想像するのは口内炎じゃないけどやっぱり医療用だろうか。耳鼻科なんかで長い棒の先に麺を巻き付けたようなもので口の中や喉に薬を塗布されるけど、あれも要は綿棒なわけだろう。それを家庭用にスケールダウンして大量生産したものが綿棒なんじゃないだろうか。

 真偽の程はともかくとして、綿棒が細かい部分、デリケートな部分に触れるものであることは間違いない。となるとやはり求められる使用感は繊細だ。綿棒なんてどこで買っても同じなように思えるけれど、つい安売りなんかで普段と違う商品を買ってしまったときの違和感たるや。前にいちど、プラスチックのストローみたいな軸の綿棒を買ったことがあって、あれはあかんかった。軽すぎるし、力が伝わんないし、玉がとれちゃうしでさんざんだった。まあ、慣れの問題だと思うけど。

 クオリティの差こそあれ非常にプリミティブな道具である綿棒に目立った進化などないと思っていたが、近年の綿棒の進化には目を見張るものがある。というか、よくもまあこんな細部にまで改善を施そうとするなと感心してしまう。特に耳掃除を意識してのことだろうが、前述のように片方がまるっきり耳かきになっていたり、あるいは玉の部分がでこぼこと溝が切られたような形状になって耳垢がとれやすくなっていたり。工夫パワーである。

 その中でも白眉は「黒い綿棒」だと僕は思う。あれすごい。発想の転換感すごい。「とれる、とれない」ではないのだ。「とれたことがよくわかる」ことが大事なのだという割り切りがすごい。中身よりもプレゼンテーションが重要という考え方は、いかにも過剰な消費社会の常識に麻痺した現代人の病巣っぽくて、とてもいい。

 粘着つきのやつは、ちょっとやり過ぎだと個人的には思っているのだけれど。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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