#110 腰痛

2015.10.15

 あ、これはまずい。と、すぐにわかった。くる。きっと、いや、絶対くる。

 天気のよい初夏だった。僕は大学四年生だった。朝、洗面所で石鹸を手に取ろうとした瞬間に馴染みの違和感をおぼえた。中学生のときから腰痛持ちの僕は、突如訪れた腰の不快にも動じることなくいつものように対策をとった。硬い床の上に仰向けになり、膝を軽く曲げる。クッションを入れて足を高くする。ひどいことにならないようにするための、腰に負担をかけないいつもの姿勢。これで大丈夫、問題ない。ひとまず安心した僕は、そのまま立ち上がることも、寝返りを打つことすらもできなくなってしまったのだ。

 僕の人生最悪の腰痛は無理な姿勢や重いものを持ち上げることによってではなく、このようにまったく普段通りの自然な動作を引き金に起きた。やばかった。特に初日は本当にだめで、自分で動くのはもちろん人の手を借りて動くのもいちいち激痛で、たまたま休みだった父に文字通りすがりつきながらやっとのことで立ち上がり、痛みで脂汗だらだら、ゆっくりゆっくりトイレに移動して後ろから抱えてもらいながら小便した。いろいろかまっていられなかった。体の要と書いて腰とはよくいったもんで、マジでなんにもできなくなった。

 翌日、ほんの少し痛みの引いた僕はゆっくり歩いて近所の接骨院へ行き、父の知り合いの柔道整復師の方に診ていただいた。ヘルニアだと言われた。それまでも腰痛持ちではあったが、ヘルニアになったことはなかった。ああ、やっちまったと思った。あと「鈴木君は腹筋も背筋も全然ないね〜」って笑顔で言われた。へこんだ。

 大学四年生の初夏ということで僕は就職活動中だった。そして数日後に、ある会社の最終面接を控えていた。フロム北海道トゥ東京。オフコース、エア移動である。僕は痛み止めを飲み、コルセットで腰回りをガチガチに固めて新千歳空港へ向かった。コルセットに入っている金属が金属探知機に反応した。泣きそうだった。搭乗してしばらくは落ち着いていたのが、着陸態勢に入ってからの揺れがつらくてつらくて脂汗をだらだら流した。着陸の衝撃もやばかった。羽田空港に着いて、動く歩道の手前ぐらいで悶絶してしばらく棒立ちになった。

 電車移動で試験会場までたどり着いた頃には緊張と脳内麻薬のおかげか痛みも感じなくなっていて、結局は面接最中にシャツめくってコルセット見せながら話のネタにもできたぐらいで、なんとか無事に面接は終わった。帰りの便(日帰りだった)で再び腰が痛み出した僕に声をかけてくれて、椅子との間に入れるよう折り畳んだ毛布を渡してくれたCAさんマジありがたかった。という思い出。

 最初に腰を病んだ中学生のとき、病院では「腰椎分離症」と診断された。成長ともに改善するだろうねというので特に深刻には考えず痛みが出たときは体育や部活を休むという感じだった。いちど発症するとだいたい一週間ぐらいは無理できない感じになった。部活の大会前とか、どうか発症しませんように……と願ったものである。

 中学生の男子というのは非常にあほなので、僕が腰痛だというと「腰の使いすぎなんじゃねーの」的に囃して笑った。腰を痛めるようなことをしたのかという、要は完全に下ネタである。大人になった今なら下ネタも下ネタとして楽しく受け流せるってもんですけど当時の僕は品行方正な真面目人間だったのでわりと本気でいやだなあと思っていた。まあ、ほんとにやってりゃ笑えたのかもしんないけど。やってねえよ!

 今でもときどき、年に数回は腰に違和感がやってくる。とはいえ学生の頃とは違ってフルタイムデスクワーカーになった僕にとっては職業病のようなものである。明確な理由、きっかけはないのだが、きっと疲労がたまってたまって、あるリミットを超えたときに腰痛になるんだろうと思っている。違和感で終わることもあるし、しばらく痛いときもある。つらい。

 学生だったら体育の授業ぐらい休んでもいいのだが、仕事ではそうもいかないときもあるので通勤鞄に腰痛用のベルトを忍ばせている。金属入りのはかさばるし空港で引っかかるので、ゴムのやつだ。こいつを折り畳んでポーチへ収納、勤務中ひとたび腰に違和感をおぼえたらポーチ片手にそそくさとトイレへ行く。そして個室の中で装着する。女子か。

 もちろん、出張や旅行の際も必携だ。交通機関に座って身動きとれない時間も長いし、いつもより歩くし荷物も多いし、発症可能性は平時よりも高いといえるだろう。旅先で腰痛なんぞ発症したら悲劇である。今のところ経験はないけれど、いつも心の片隅でおびえている自分がいるのだ。

 わかってる。抜本的な解決には体を鍛えることだって。腹筋と背筋を鍛えなきゃってわかってるよ、わかってるんだけどさあ。あ〜、倒れるだけで腹筋バキバキにならねえかな〜。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com