#103 スパイク

2015.08.27

 車粉、って文字だけを見たらなんのことかわからない。車の粉。車を粉々にしたものか。そうでなければ、車から出る粉というぐらいまでは想像がつくけれど。なんとも雑なローカルワードである。

 僕が子どもの頃は北海道を走る車の冬タイヤがスパイクタイヤで、春、雪が融けてむき出しになった道路をガリガリ削って粉が街へ舞い散った。それが車粉。雪が融けたらすぐ夏タイヤに換えられればよいのだけれど、融けたかと思ってもまた積もるのが春先の雪だからそうもいかない。

 車の多い街中は空気が白く煙ったというが僕は記憶にない。幼かったのもあるけれど、我が家には自家用車がなかったので馴染みがなかったからかもしれない。そんな車粉が公害として問題視されたためにスパイクタイヤは禁止され、冬タイヤはスタッドレスタイヤとなった。僕の故郷・小樽は坂が多くてなおかつ雪深い街だから、スタッドレスタイヤへの不安はよく耳にしたものである。やっぱスパイクじゃないと、みたいな。タクシーなんかはわりとずーっとスパイクだった気がするけど。

 スパイクの安心感は間違いない。だって刺さるのだ。金属が刺さっているのだ。いくらスタッドレスタイヤ技術が向上して氷の表面をゴムがチョメチョメできるようになったって、グッサー刺さるものに敵うわけなかろう。事実としてのグリップ力と同時に、人間が目で見てわかる明白さもまた安心感を生み出しているように思う。

 僕にとっては、スパイクといえば野球のスパイクだ。ただ、僕は少年野球までしか野球をやらなかったから、その底はプロのような金属製ではなくてゴムのイボイボ。当時はあんまり「グリップ力が違うぜ!」みたいな実感はなくて、せいぜい「試合用の靴」ぐらいの感覚で。実際のところ僕らが野球をしていたようなクソ硬いグラウンドであのスパイクが意味あったのかどうかはわからない。ただ、やっぱり嬉しかったなあ、スパイク。履きやすい靴じゃなかったし泥だらけだったけど、野球やってるぞ! って感じがして。出場機会の少ないベンチウォーマーだったけど、それでも。スパイクって練習のときも履いてたんだっけか。どうだったかな。

 いっぽう、中学時代に陸上部員だったときのスパイクは、もう完全なるトゲトゲであった。金属の、マジで刺さるやつ。刺さると痛いやつ。中長距離用は短く、短距離用になると長い。ピンの一本一本にゴムのキャップをつけるあのスパイクを初めて見たとき、これがほんとのスパイクなんだなって思ったものだ。ゴムでできたオールウェザートラック用だとピンは完全に尖ってはいなくてカクカクした平たいやつなんだけど、小樽の陸上競技場は普通に土だったから、ぐっさり刺さる尖ったピン。ほとんど凶器。

 もちろん、スパイクが利くのはあくまで「刺さる」面に限定される。刺さらない面に対してのスパイクはかえって滑って危険だ。コンクリートの路上も板張りの体育館もトゲトゲなスパイクでは走れない。もし仮に刺さったとしても今度は容易に抜けないだろう。そう、刺さるだけではなくて、きちんと抜けることもまたスパイクにとっては重要なのである。

 このように靴でスパイクというとそれはたいていスポーツ競技用のガッチリ滑らないようにできた靴ということになるんだけれど、北海道では靴のスパイクといったらそれはスポーツ用というのと同時に、冬靴に付いてるスパイクである。普段は折りたたまれて格納されている刃の部分を、ここぞという路面でパチンと出して闊歩。長靴なりスノートレーなりに搭載されているあれである。ベタ雪が詰まって折りたためなくなっちゃったり、金具部分が錆びてきたり、その錆びが玄関の三和土を汚したりと厄介なこともあるが、ツルツルの路面では頼れるやつ。今もああいうスパイク付きの靴ってあるのかしら。

 ところでスポーツ用のスパイクは靴自体を指して「スパイク」って呼んじゃってるけど、正確にいえば「スパイク付きの靴」だ。スパイクっていうのは、あの刺さる部分だよな、ほんとは。北斗の拳とかに出てきそうなトゲトゲの肩のやつとか、あれもスパイクだろうか。あの肩ってどんな気持ちで装着するんだろうか。僕の野球のスパイクみたいに身に着けることで気持ちが昂揚したりするのかな。

 スパイクという言葉はどうやら「突き刺さるもの」的な意味合いらしいけど、その音の響きも意味とバッチリ合致しているように思う。めっちゃ刺さりそうだし、刺さるだけじゃなくて地面をがっちり噛む感じがある。「スパ」だけだとなんだか上っ面な感じだけれど、「イク」があることで深いところまで刺さっている印象を生み出していると思うのだ。ぐっと深く刺さったところでクッと爪を立てるようなニュアンス。スパンクでもスパークでもなく、スパイク。スパイクだよな。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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