僕がいなくなった実家はすっかりがらんと広くて寂しい感じになっちまったのかと思いきや、どっこい実家のリビングは、僕が実家を出たときよりも狭くなっている。僕が実家を出た年に親が購入したマッサージチェアが、ソファの横にでーんと構えているからである。

 きっとまあまあいい値段したはずである。だけど、ずーっと慢性的な肩こりに悩まされてきた母のためを思えば決して高くはない買い物だと思う。父さん、ようやったと僕は思ったものだ。母はマッサージチェアにゆったりと身を埋め、がっしがっしと血行を促進されながら心地よい微睡みを堪能したことだろう。最初のうちは。最初のうちだけは。

 マッサージチェアが実家のリビングで幅を利かせるようになって十年は経つ。実働は……一年、いや、一年未満といったところか。たまの帰省時、マッサージチェアが稼働しているのを僕は見たことがない。両親の部屋着とか、なんかよくわからない衣類の置き場と化している。

 かくいう僕も、はじめのうちは珍しがって帰省のたびに体験してみたものだ。学生の頃は肩こりなど無縁だったが、長時間デスクワーク中心の会社員になった今となっては肩こりイズマイフレンド。試してみた。十年前とはいえ当時の最新モデルであるところのマッサージチェアはなかなかに高機能で、なかなかに気持ちがよい。ただ図体がでかいわけではないのだ。

 うやうやしく、ウィーンウィーンと機械音をたてながらリクライニング。両脚を乗せている部分もぐーっと上がってフラットに近くなり、まるで飛行機のファーストクラスのよう。乗ったことないけど。そしてプシュー、プシューという空気音とともに「あたかも手で揉んでいるかのような」マッサージのお時間が始まるのである。

 僕が感嘆したのは「そこもっと」ボタンだ。本当に、ボタンに「そこもっと」と印字されているのである。予めインプットされた一連の流れに待ったをかける権利。揉む側と揉まれる側のインタラクティブ。永遠にわがままを聞いてくれる機械の悲しさすら感じる。

 しかし、徐々に、帰省のたびにそこに座るということはなくなってくる。僕も、僕の妻(僕より数倍肩こりがひどい)も、なんとなく。いちおう両親も息子夫婦に対して「マッサージでも」とやんわりすすめてくるが、僕らもやんわり半笑い。そもそも両親だってもう何年もやっていないのだ。

 父が母の肩を揉んでやっているわけではない(と思う)し、母がマッサージ店に通っているという話も聞かない。単純に、効果が感じられないということなんだろうか。いや、そりゃ人の手のマッサージには敵わないかもしれないけど、それでもそれなりに気持ちいいんだよ。そもそも何回やってもタダだし。なのにな。うーん。

 マッサージチェアというものは、どうしてこうなってしまうのだろう。僕は、マッサージチェアを自宅で有効活用できている例を知らない。そして、マッサージチェアを眠らせてしまっている例なら僕の実家をはじめ何軒か知っているのだ。リビングだったり、客間だったり、部屋の隅っこでそれなりにでかい図体をもてあますマッサージチェアたち。普通の住宅に置かれたマッサージチェアは、だだっ広い家電量販店の空間に置かれているのとは違って、ほんとにでかいよ。

 サンプルが少なすぎてなんともいえないけれど、でも。マッサージチェアというものは、どうしてもこうなってしまう運命にあるものなんじゃないだろうか。

 座ってみれば、やってみれば気持ちいいのはわかっているのだ。たとえば家電量販店の売り場にあれば「やってみようかな」と思うのだ。事実、売り場にはいつも「やってみようかな」のおじさんおばさんの恍惚があふれかえっているではないか。なんならあなた常連じゃないのかという人までいるじゃないか。

 マッサージチェアを買うという決断は軽々しく下せるものではない。そんなに安価な商品ではない。熟考の末に「やっぱ欲しい」と結論し「えいや」と大枚はたいて自宅に持ち帰り、スペースを確保して、鎮座させて。それでなぜ、なぜ使わなくなってしまうのか。もしかしてあれか、あれなのか、手に入れたいと思っているうちはテンション上がるが、手に入れてしまったらもう燃えないんだよね的なやつなのか。なんだそれおまえチャラい若者の恋愛か。ああ、なんと人間は業の深い生きものだろうか。

 マッサージチェアというものは生涯の伴侶にはなり得ないのかもしれない。家電量販店に行ったときにちょっと試すぐらいがいいのかもしれない。ひょっとするとあの、いつもいるんじゃないですか的な売り場の常連の面々は、そのへんをわかっている人々なのかもしれない。賢者かもしれない。キャバクラにハマッているけど家庭に持ち込むことはしないおじいさんみたいな賢者である。レベル高い。


face

鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com