祖母の葬儀だった。仕事を早退して通夜の始まる直前に余市の斎場に到着すると、いわゆる家族葬規模の小さな部屋には椅子が並んでいた。

 ここ十年で何度も葬儀に出たけれど、椅子だ。ほぼすべて椅子だ。斎場で行われるような場合はまず間違いないし、寺や町内会館などで畳敷きの部屋の場合でも座布団がつらい参列者のために椅子が用意されていることがほとんどだ。葬儀では高齢の方がいることが多いから、椅子があるのはいいと思う。僕の母もまだおばあちゃんという年齢ではないが長らく膝の具合がよくないため、椅子はとても助かる。

 正座というものを何年もまともにしていない。僧侶に家まで来てもらう法事などでは床にべたんと座ることになるが、その際もあぐらだ。葬儀や法事に限らず、ある程度かしこまった食事の席などでも男性はたいていあぐらで構わないということになっている。助かる。女性はなかなかそういうわけにもいかないので、たいへんだなあといつも思う。

 というわけで、最後に足がしびれたのはいつだったか思い出せないぐらい、足のしびれとごぶさたである。

 足がしびれるのが大嫌いだ。好きだという人は聞いたことがないのでだいたいみんな嫌いなのかなと思うが、嫌いだ。あの感覚をなんと呼べばいいのだろう。痛いんでも痒いんでもなく「切ない」としか言いようのないあの、あの。まともな感覚が薄れて、ぼわっぼわに足がぶっとくなったような錯覚があって、はじめのうちはしびれちゃったなーぐらいで楽観していたところを突然襲うあの圧倒的切なさ。さわったらもちろん「うわあああ」ってなるし、さわらなくても「うわあああ」ってなるし、この状態が永遠に続くかのような絶望。泣くしかない。大の大人が足がしびれて泣いていたら相当問題だが、しょうがない。

 それでも「足がしびれたうわあああ」って泣いていられるときはまだいいのだ。なにが困るって泣けないときだ。立ち上がらなければ、歩かなければいけないときだ。大人は泣いてはいられないのだ。ただでさえどこにも接したくない足を、地に着けなければならないときがあるのだ。仕事中とかである。

 何年か前、仕事の取材でとある個人宅を訪問したことがあった。そのお宅のリビングはソファもなく座卓もなく、カーペットの上に座って話をうかがうというシチュエーション。取材対象者はもちろんクライアントの担当者も広告代理店の担当者も同席するその場で僕がドッカリあぐらをかいて話を聞くわけにもいかず、正直、内心かなり焦った。正座自体は問題ないが、足がしびれてしまったらどうしようと気が気じゃなかった。クライアント同席の取材先で泣いてしまう広告制作会社のコピーライター。間違いなくほされてしまう。

 正座から逃げ続けてきた僕は、足がしびれない正座のしかたもマスターせずに大人になってしまった。なんかほら、あるじゃないですか、足の親指同士をこすり合わせるだとか、重ねた足の上下を逆にしてみるだとか。あれが実際どうなのか、そもそも正しい方法がどうなのか、僕はよくわかっていないのだ。

 そんなこんなを考えながら話半分上の空、ICレコーダーにすべてを託してなんとかこんとか泣かずに僕は取材を終えることができたけれど、ほんとにラッキーだったと思う。ギリギリだったと思う。

 しびれるっていうのはつまり血行が阻害されているっていうことなんだと僕は理解しているのだけど合っているだろうか。足が圧迫され血行が阻害されることでしびれというのは生じるのであれば、なんとか血を行き渡らせようとする行為は無駄ではないように考えられる。ただ、んなことやってたってだめなときはだめだ。しびれるときはしびれる。泣くしかない。だって僕は以前、あぐらでも足がしびれることがあったもの。なんだったんだあれは。デブだったからか?

 つくづく、仕事で正座をする方々がどのように足のしびれと付き合っているのか知りたいと思う。僧侶然り、落語家然り、旅館の女将や仲居さん然り。彼ら彼女らは、そもそも足がしびれていないのだろうか。もしそうだとすれば「医者の不養生」や「紺屋の白袴」のように「落語家にも足のしびれ」みたいな諺があってもいいように思うが。それがないということはひょっとして、彼ら彼女らは、足がしびれているにもかかわらず、足のしびれにやたら強いという可能性はないだろうか。

 落語家の足は実はしびれている。みんな耐えているのだ。落語の最中はもちろん大喜利のときだってしびれている。カラフルな着物のメンバーも全員しびれている。しびれているからこそあんなに面白いことが言えるのだ。人前で、全国ネットのテレビで泣いちゃう可能性をはらんでいるからこそ、人間の心の襞を表現できるに違いないのだ。感動的である。しびれていないのは座布団を運ぶ山田だけである。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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