#98 しゃっくり

2015.07.23

 鈴木家に伝わる秘術を公開する。「鼻をつまんで水を飲む」である。けっこうな高確率で止まる。

 しゃっくりを止める方法はたくさん知られている。最も代表的というかキャッチーなのは「びっくりさせる」だと思われるが、びっくりしてしゃっくりが止まったことがある人を見たことがあるだろうか。びっくりしてしゃっくりが出ちゃったことならあるけど。僕は鈴木家に伝わる秘術をずっと採用してきた。しゃっくりが出るたびに、特に深く考えずに、律儀に鼻をつまんで水を飲み少年は大人になった。

 鼻をつまんで水を飲むというのは、おまじない的なことなのかとずーっと思っていた。だがしかし、やってみればおわかりになると思うが、これってつまり「息ができない状態」なのである。ということは、結局は、息を止めているのと同じことなのだと僕はあるとき気がついた。

 息を止めるというのは最も地味なしゃっくりの止めかただ。ところが「息を止める」だと苦しくて続かないものを「鼻をつまんで水を飲む」という行動に置き換えてしまう。がんばらなくてはいけないことを事務的な行動へ置換する、本来の目的に対して遠回りをしているようでいて実は非常に合理的なこの仕掛けに気がついたとき僕はとても感動した。頭の中の新しい回路がぱーんと開けた気がした。しゃっくりの止めかたに人生の機微を見た。

 そして、僕は鼻をつまんで水を飲まなくなった。気づいてしまったわけだから、もはや気の持ちよう作戦は効かないのである。心を落ち着けて息を止めればよろしいと決めつけた。ところがである。息を止めてもしゃっくりがなかなか止まらないのである。しゃっくりが止まらないとだんだん疲れてきて息を止めるのがどんどんつらくなってくる。焦ってくる。いやんなってくる。よけいに止まらなくなる。

 僕は再び、鈴木家の秘術に頼るようになった。鼻をつまんで水を飲む。かなり止まる。どうやら鼻をつまんで水を飲む行為は、単に息を止めることとイコールではないらしい。なんなんだろうな、内臓を冷やして落ち着かせるとか? いろいろ考えたけれどもう考えるのをやめた。鼻をつまんで水を飲んだら止まる。でいいや、と思った。人生の機微である。

 僕の妻は結婚まで鈴木家の秘術をご存じなかったので、さぞしゃっくりを止めるのには苦労してきたろうと思われた。しかしあるとき、職場でとんでもない秘術を仕入れてきたのだ。それは「なすびの色は? という質問に答える」というものだ。

 はじめ僕は意味がわからなかった。妻がしゃっくりをする。すると近くにいる誰か(僕だ)が妻に「なすびの色は?」と質問する。妻はそれに答える。すると、止まるんだよ。これほんとに止まるんだよ。ほぼ百発百中で止まる。ほんとにわけがわからない。鼻をつまんで水を飲む行為と比べものにならないほど意味がわからない。ひどい。なんなんだそれ。

 強いていうなら、大根が「白」、きゅうりが「緑」なのと違って、なすびの色は即答しづらいというのがあるかもしれない。妻も実際、そのときどきで「黒」「紫」「黄色」などと回答が変わる。その短い時間の呼吸に、あるいは意識に作用しているのだろうか……などと考えたこともあった。でも、もう考えるのをやめた。だってわかんねえよそんなの。

 ちなみに、僕自身は「なすびの色」では止まらない。あと、妻もごくたまに「なすびの色」で止まらないことがあって、そうなるともうそのしゃっくりは、再び「なすびの色」を問うても止まらない。しかたなく鼻をつまんで水を飲む。まあ、止まる。こうして隙を生じぬ二段構えに進化した鈴木家の秘術は飛天御剣流に比肩するものと相成った。

 どうしてもしゃっくりが止まらないとき、このまま止まらなかったらどうしようという不安はだれしも一度は抱いているのではないかと思う。僕も何度もある。しゃっくりが何回出たら死ぬ、とか、子どもの頃はそんな戯れ言もまことしやかに流布したものだ。ところが冗談ではなく、海外の青年がほんとにしゃっくりが止まらなくなってしまって、そのままもう何年も暮らしているという事例がテレビで紹介されているのを前に見た。彼はそのせいで所属していたバンドをクビになったという。演奏に差し支えるからである。

 そう、子どもの頃ならまだしも、大人になればしゃっくりは色々と差し支えてしまうのだ。楽器の演奏はもちろん、繊細な手作業は難しいし場合によっては危険である。人前で話すことを生業としている人はもちろん、逆に決して不用意に話してはいけない葬儀屋のような仕事も困難だ。僕は最近、辛いものを食べたときと酔っ払ったときに、しゃっくりがよく出て恥ずかしい。酔っ払ってて咳払いしたときとか危ない。

 大人各位、そんなときはどうか思い出してほしい。「なすびの色」と「鼻をつまんで水を飲む」である。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com