#93 木

2015.06.18

 鈴木である。かれこれ三十年以上鈴木なんだが、名前の中に「木」が入っているという意識が自分ではとても稀薄である。

 木村さん、木田さん、木元さんのように木からはじまる名前には木の存在感がある。その真ん中に、ずどんと木が植わっている気がする。大木さんにはもちろん立派な木が、小木さんにも大きくはないかもしれないがしっかりとした木が生えている。桜木さん、柏木さん、藤木さん……みんなそれぞれに美しい木をお持ちである。植木さんは庭にいる。国木田さんは独歩である。

 それに比べて鈴木である。木が、完全に鈴の存在感に押され気味である。そもそも鈴木っていう木はない。たしか日本古来の稲作的な神事のなにかに由来しているんだよねえ、鈴木。諸説あるのでよくわからんまま現在に至っているけれど、ウッディさは薄い。鈴、金属だし。そうか、鈴木ってメタルとウッドなのか。素材だけはお洒落な家具みたいだな!

 子どもの頃はむしろ、木はキャラ立ちしていたはずだ。というのも漢字をおぼえたての時期って名前の一部だけ漢字だけを漢字で書いたりする。初期に習う漢字のなかでも木は特に簡単な漢字だからみんな真っ先に書いた。縦横斜めの直線だけというシンプルさに加えて画数も少ない。たとえば「すず木」みたいなことだ。今思えばなんだか小料理屋の店名みたいだ。ぜったいあると思う。

 けれども僕は「すず木たくま」という表記が子ども心になんかいやで、自分の名前の漢字だけは意地でおぼえたように記憶している。まあ、画数の多い拓磨の磨とかはえらいでかくなってしまうのだが。あ、磨の中にも木が二つあるな。

 漢字の話に限らずとも、木は知らず知らずのうちに僕らの暮らしに密着した存在である。森が多く、建築・住宅といえば木造が主であった日本にいるからなおさらそう感じるのかもしれないが、石造りの家が多いというヨーロッパでも木製品はなにかとある。たぶん古来から加工のしやすい素材として重用されてきた素材、木。

 加工のしやすいとはいっても、幼児にとってそれは簡単な素材ではない。厚紙を使った工作が木工になると、ぐっとレベルが上がったように感じたものだ。僕はそれが小学三年生の夏の自由研究だった。町内の店(パドラック)で木材と木ねじを買ってきて、図書室から借りてきた工作の本を見ながら、父に少しだけ手伝ってもらいながら作ったマジックハンド。ぐいーんって伸びて、伸びるけど特になにかを掴めるわけではないやつ。完成度やその機能というよりも、木工でなにかを作ったぞという達成が嬉しかった。

 幼い頃、まだ僕がマジックハンドを作ろうとも思っていない頃、当時住んでいた借家の前で、父が鉋がけをしていた光景をおぼえている。僕は会ったことがないけれど父の父は家具職人だったらしくて、シューッと長い鉋屑を作って、それで鉢巻きをすることができたんだ、なんて話を聞いた。父は鉢巻きはできていなかった気がする。父が作っていたのはたしか、借家の古い風呂場のためのスノコだった。

 僕自身は手先が非常に不器用であるため、当然のことながら木工もぜんぜんだめである。鋸はまっすぐ引けないし、釘はまっすぐ打てないし、鉋をかけるなんてもってのほか。マジックハンド作りは楽しかったはずなのだけれど、もろもろぜんぜん上手くならなかった。それが先天的なものなのかどうかわからないけれど、父と父の父の血を引いているのだから、練習しようという根気があればまた違ったのかなと思うけれど。今さらやっても遅いべな。最低限、小三の夏まで戻らないと。

 ところでこのところ、自分は将来どんな家に住みたいだろうと考えることがよくあって、そんなときに僕は、木というものの向き合い方を問われているような気がするのである。

 ついこの前まで、僕は僕の住空間に木など特に必要ないと思っていた。打ちっ放しのコンクリートのように工業的で均一な素材のほうがメンテナンスも容易で、ずっと変わらない感じがしたからだ。けれど、最近は木っていいなと思い始めている。手や、手に限らず身体と接している部分に木があるというのはいいかもしれない、やっぱ、よくいわれるけれど木のあたたかみ、のようなものがほしい。そして、触れば触るほどすこしずつ変化していくところ。

 それは、経年変化を受け入れるということに僕の考えがシフトしてきているせいのような気がする。経年変化というものを前向きにとらえるようになってきたのか、あるいは、経年変化しないものなどないのだという諦念か。ただ、ちゃんと経年変化する木って高いんだよねー。

 木材というのはつまり生物としての木の死体で、それが素材としてあまりに生活に密接しているからもう「木」と呼ばれているだけで、死体にあたたかみを感じているというのは、なんとも不思議な気がする。木だけに、なんとも不思議な。木だけに。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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