#84 早起き

2015.04.16

 野球少年はほぼ毎日、朝四時半に起きていた。いくら夜九時には床に就く小学生だったとはいえ正直しんどかった。眠くて眠くてしょうがなかったし、夏が過ぎ秋も深まれば暗いわ寒いわ布団から出るまでが一苦労。うっかり二度寝して朝練をさぼってしまったことも何度かあった。

 少年野球を始める前、小学校低学年かそれより以前は、特別早起きということもなかったけれど、でも、ときどき自然と早く起きてしまうことがあって、そんな朝の時間が僕はけっこう好きだった。

 まだ自分の部屋が与えられておらずに家族と一緒に寝ていた頃だ。ひとりぱっちりと目が覚めてしまって、両親や弟が眠る横でひとり、夏場であればとうに明るい朝の五時台なんかに、カーテンから透けてくる光を頼りにコロコロコミックを読みふける至福の時間。何度も何度も繰り返し読んだコロコロコミックを飽きもせず。本来起床すべき時刻までの静かなひとりの時間。そのときは言語化できていなかったけれど今思えばそれを「自由」と感じていたような、そんな感触がほのかに記憶に残っている。

 そんなことを思い出したのは最近ときどき早朝に目が覚めてしまうことがあるからで、もちろん夜九時に就寝しているわけではないので本当なら朝、本来の起床時刻までは眠らないと寝不足になってしまうのはわかっているのだけれど、ときどきふと、このまま起きてしまってもいいかな、と思うのである。幼い頃に感じた初々しい自由の感触をたぐりよせるようにしてもぞもぞとベッドを抜け出し、居間のソファに寝転がって読みかけの文庫本をめくるなど。何度か試してみたけれど、やっぱり勤務のある平日はちょっときつい。一日がすごく長くなって充実はするっちゃするが、それで結局いつものように終電まで仕事というのはこたえる。そんな日には早上がり、早寝できるのであればよいのだけれど。

 朝には特別弱くもないし、特別強くもない。血圧も平均的だし。睡眠自体は概ね調子よくできていると思う。たぶんごくごく人並みに朝は眠く、人並みに二度寝の誘惑と戦っている。「明日の朝に早起きしてやろう。だから今日は寝る」だけは何度も苦い失敗を繰り返した末に完全にやめた。あれは無理。最近朝早くに起きてしまうのは仕事だとかプライベートだとかであれこれと考えることが多いからであって、こういうことは何年かおきにときどきあって、懸案事項さえ過ぎ去れば自然とまた眠れるようになるはずだ。歳のせいではない。歳のせいではないはずだ。歳のせいではない。ないに決まっている。

 まだ歳のせいではないけれど、いずれ歳のせいで早起きになってしまうときが僕にも来るのだろうか。グループ魂の曲(というかコント)で自分たちがどんだけ歳を取ったかを言い合うやつがあって、その中に不意打ちのように出てくる強烈なセリフ「朝、起きちゃうんだよ」が早朝のベッドの中の僕の脳裏をよぎりまくる。歳を取ると早起きになる、というのはあれは、いったいどういうメカニズムなのだろう。身体が老いると、長い睡眠を必要としなくなるとかそういうことなのだろうか。

 でも、睡眠時間の長さと、早起きかそうでないかというのは、近いようでいて別問題のような気もする。夜のラジオ番組を担当していたラジオパーソナリティが「どれだけ遅く寝て、どれだけ遅く起きようとも、それで同じ毎日なんだから規則正しい生活だろう」という旨のトークをしていたことがあって、それはもっともだなあと十代の僕は思っていたけれど、でも、きっとそういうわけでもないのだろうな。本来であれば朝に太陽光を浴びるのがいいとか、体内時計をリセットするとかなんとか、そういう話を読んだことがあるし。このへん医学的、科学的にはそのへんどうなんだろうな、っていうのは確かめておきたいところである。

 人は老いると赤ちゃんに戻っていくとかいうけれど、もしかすると自然なほうへ、自然なほうへ向かう力が強くなっていくということなんじゃないだろうか。とかなんとか当てずっぽうに言っちゃうけれど、それはきっと「自然なほうへ向かう力が強まる」というよりは「不自然なほうへ向かう力が弱まる」ってことなのかもしれないな。老いると抗わなくなるのだ。僕もきっと、どんどん自然に近づいていくのだろうし、それはそれで悪くない気がする。もちろん、昼夜逆転生活をおくっている多くの人々のおかげで現代の生活が享受できているという感謝は忘れずに。

 エクストリーム出社だとか、美味い朝食の特集があちこちで組まれたりだとか、時代は確実に朝にシフトしているのだろう。早起きというのは、はたして「夜更かしがちな現代生活へのカウンター」以上のものになりうるだろうか。今、朝は誰にも煩わされない静かな聖域、ニッチだけれど、もしみんなが早起きするようになったら。午後出社が超クールになるとか?


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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