#83 百円

2015.04.09

 小学校のグラウンドの最寄りの商店の前の自動販売機の、いろんなジュースが並ぶなかにひとつだけ「何が出るかはお楽しみ」というシークレット枠。飲みたいドンピシャが出てくることはまずなかった(タブクリアがよく出た)けれど、喉の渇いた小学生にはそれでよかった。自動販売機のなかで、それだけが百円だった。

 消費税が導入されたとき僕はまだ小学校低学年で、それからもう二十年以上が経っているというのに、消費税のある日常のほうが僕にとっては長いというのに、それなのに、ジュースといえば百円という意識は今でも僕に刷り込まれたままだ。

 百円ショップという店が僕の故郷の町に初めて登場したのも、ちょうど消費税導入の頃だったように思う。たしかオープンしてすぐに消費税が始まって、小学生鈴木は「百円ショップじゃないじゃん!百三円ショップじゃん!」なんつって喜んでたような、なんかそんな記憶がうっすらとある。今じゃ百五円、百八円ショップだものな。

 もう、百円ちょっきりで買える百円のものなどほとんどないのだ。なのに百円玉を握りしめたときの「これ一枚さえあれば」という軽やかな気持ちはなんなんだ。僕はその認識を拭い去れないままでいる。百円玉を過大評価し続けている。いや、それは僕だけではないはずだ。いまだに「百円なんちゃら」と呼ばれ続けている、百円で買えないものたちのなんと多いことか。みんな百円を見失っていないか。百円を見誤っていないだろうか。ああ、百円ワンコインというあまりにも完璧なキリのよさ、その力のなんという強大さよ。そして財布の中で百円玉だと思っていたものが実は五十円玉だったときのあのがっかりの大きさよ。

 子どもの頃からゲームセンターがこわかった。不良のお兄さんたちがいるからとかではなくて、百円玉がいとも簡単に、あっという間に何枚も、ずるずると消えてなくなってしまうのがこわかったのだ。だからほとんど行かなかったし今も行かないのだけれど、たまに甥っ子につきあって行ってみたときなど、まあ、さすがに僕も大人だからけちけちはしないけれども、それでもほんと、あっけなくなくなるもんだなあと思う。まして今のゲームなんかワンプレイが数百円だったりするから、さっき崩した千円札がさくっと飲み込まれていくよね。百円玉がゲーセンのそのへんに落ちているメダルゲームのメダルみたく見えてくる。こわいこわいこわい。

 キリのよさに加えてその貨幣価値が絶妙すぎるのではないか。そして、硬貨であるという点も。「小銭」という感覚、お安い感覚でさくさく使えてしまうんだけど、そのわりにそれなりに価値があるという。他の国のことはあまりよくわからないけど、たとえば米ドルの一ドルだってよく使われるのは紙幣じゃないか。「たかが百円、されど百円」と言葉にしてしまえば陳腐かもしれないけれど、百円はまさにそのきわきわ、たかがとされどの細い境界線の上にいて、僕の感覚を惑わしているのではないだろうか。

 たとえば「百円くれない?」と言われたら、わりと抵抗なくあげてしまうと思うのだ。もちろん赤の他人にいきなりそんなこと言われてもあげないけれど(でも、そういう人たまに街中にいましたよね昔)、知り合いと自動販売機の前で、とか、そんなとき。これが「千円くれない?」だとさすがにちょっと……となる。「五百円」でも多い。もちろん「十円」だったらあげるけど、十円あげたところで相手は何も買えないわけで。百円ならあげる。自動販売機の前だったら、そこに三十円ぐらいは足してあげちゃう。合わせて百三十円をあげていたとしても、僕のなかでは「百円あげた」として記憶に残る。逆の立場でも然りで、「百円くれない?」ならあまり抵抗なくおねだりできちゃうけど、「五百円くれない?」とはちょっと言いにくい気がする。

 そうか、僕は今まで、自分の金銭感覚がいまいちよろしくないと思っていた。けちなわりにどんぶり勘定で貯金もできなければ豪遊している感覚もない中途半端な人間だと思っていた。そんな自分が嫌だった。でもわかった。そうか、百円に狂わされてきたのだ。塵も積もれば山、百円も積もれば富豪である。この原稿を書くことで、僕は僕が富豪になれていない理由にようやく合点がいった。ああすっきりした。僕はこれで富豪への道を突き進むことができる。あとはがっぽり儲けるだけで富豪である。ウェーイ!

 興奮したら喉が渇いてきたので自動販売機へ。ああ、ちょうど百円玉がない。しょうがないので千円札を突っ込む。がたんと重たい缶が落ちてきた後に、小銭の軽い音が高らかに響く。ちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりんちゃりん。ああっ、ああもう!


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com