#78 スーツ

2015.03.05

 いわゆる背広のことをついついスーツと呼んでしまうけれど、スーツといったら揃いのあるいはつなぎの服はなんでもスーツになってしまうわけで、そういう言葉は他にもあるしいいっちゃいいんだけど(「携帯」とかもそうだ)自分で言っててちょっと引っかかるときがある。だけど背広と言ってみたらおじさんくさいと言われちゃったりなんかするし、女性のスーツは背広とは言わないわけで、消去法的に結局スーツと呼ぶのが無難そうだ。

 僕が仕事でスーツを着ていたのは就職した最初の丸一年だけ。その後転職してからはずっとカジュアル出勤である。あ、そうそう、スーツじゃない服のことを「私服」っていうときがあるけど、これもおかしいよね。スーツも私服じゃんね。「普段着=私服」ってつい言っちゃうのって、やっぱ学生時代の制服の影響かしら。かもね。

 スーツを滅多に着ない大人になってしまった。たいそう楽ちんであり、ありがたいなあと思っている。職場的な要因が大きいのだけれど、世の中的な要因もあるかもしれない。僕が就職した〇〇年代。IT革命、ヒルズ族、Tシャツにジャケット羽織ってりゃOK、みたいな。もちろん業界にもよるだろうけれど「あ、ありなんだ。ありかもね」的空気が、世の中にじわじわ広がってきたんじゃないだろうか。

 それとやっぱりクールビズ。クールビズが始まったのは二〇〇五年である。この年を僕が忘れないのは、僕が唯一スーツを着ていた年が二〇〇四年だからで、僕は初めての東京暮らしで、スーツで過ごす夏の猛暑にやられまくっていたからで、クールビズが始まった翌年には札幌で半袖ポロシャツで出勤してよくなっていたので、ああちくしょうと強く思ったからである。もしもあと一年早くクールビズが始まっていたらなあ。どうなっていたかなあ。まだ東京にいただろうか。いないか。

 なんせ暑がりなのである。高温多湿な日本の夏にスーツというのは不合理だという論には大いに賛同したいし、同時にそんな真夏にスーツを着ている、着ざるを得ないお仕事の方々には頭が下がる思いである。「暑い」とか言っちゃってごめんなさいTシャツなのに、という気分になる。マンガ「MASTERキートン」では砂漠にスーツが適しているって書いてたけど、ほんまかいな。砂漠に行かないのでいいんだけど。

 塾講師のアルバイトをしていた大学生の頃のほうがまだ頻繁にスーツを着ていた。大学生アルバイトだったから、スーツを着ていた方が生徒になめられないという効用もあったかもしれない。たしかに自分が塾に通っていた小中学生の頃を思えば、やはりスーツを着ている大学生たちは大人に見えたものなあ。

 もちろんスーツを着ない仕事は缶コーヒーのCMを参照するまでもなく世の中にたくさんあるし、そういえば父親も制服を着る職業なのでスーツを着ない人だったなあと今、思った。普段からスーツが仕事着な人々にとってはスーツを着るなんてごくごく当たり前の生活のルーティンであると思うが、それでもまあ、袖を通すことで仕事スイッチが入るとかはもしかしたらあるかもしれない。しかしながら僕にとっては、完全に特別な行事である。イベントである。「衣装」という感覚である。実際、結婚式ぐらいしか着る機会もないし。

 衣装としてのスーツで僕が連想するのはなんといってもミッシェル・ガン・エレファントだ。もちろんそれ以前からあるスタイルだけど、僕にとってはミッシェル。激しい演奏と歌唱、汗でぐっちゃぐちゃの細身のスーツ。普段着っぽいの格好のバンドも嫌いじゃないけど、あの「衣装!」っていう感じもいい。とてもいい。もう観ることはできないけどね。

 これから先、日常的にスーツを着るような生活が再びやってくることがあるんだろうか。もちろんないとは言い切れないし、そもそも今だって勤務は服装自由なんだから、いつでもスーツで出勤したってまったく問題ないのである。たば、僕は、スーツに対する知識、スーツの着こなしについてあまり知らないままで大人になってしまった。知識としても、そしておそらく身体としても。岡康道みたいにスーツ姿が様になるのは、ずーっとスーツ一筋でやってきたからであって、ぽっと出の一般人にはなかなか難しいだろう。スーツ経験値が足りない。

 でもなあ。スーツぐらいはさらっとぱりっとナチュラルに着こなせる男になりたいものだなあ。と最近思う。いいんじゃない、スーツ。非合理的な格好かもしれないけれど、連綿と続く紳士服の伝統の上に僕も乗っかってみたいじゃない。ごく稀に業務の関係でスーツ出勤したときに「転職活動?」と言われるのをもうやめたいじゃない。やめたいじゃない。心臓に悪いのでほんとうにやめてくださいお願いします。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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