#77 爪切り

2015.02.26

 爪切りで失敗しなくなったのってここ数年じゃないかと思う。いつから自分で爪を切っていたんだかおぼえてないけれど、仮に小学三年生ぐらいだったとしても二十年以上前だ。一週間か十日に一度、絶え間なく継続してきたこの行為の熟練に要した時間が二十年。よっぽど爪切りの才能がないか、爪切りに対する向上心が欠如していたと言わざるを得ない。

 深爪してしまったり、深爪を恐れるあまり形がいびつになってしまったり、いびつさを是正しようと悪戦苦闘してやっぱり深爪になってしまったり。大の大人が情けないが不器用なんだからしかたない。手先が不器用だから爪切りに失敗し、いびつな爪の手先はさらにままならなくなる。不器用の悪循環である。

 滅多に失敗しなくなったというだけで、決して上手くなったというわけではない。今でも得意ではないし、億劫だし、爪を切らなくてはならないと気づいたときには仄かにブルーになるのが常だ。あーあ、切らなくてはならない。めんどくさい。今回はうまくいくだろうか。どきどき。

 手の爪だけだったらゴミ箱の上で切る。足の爪を切るときには古新聞の束の中からできるだけ大きな折込チラシを引っ張り出してきて床に敷き、その前に胡座をかく。先に足の爪を切り、その後、その上で手の爪を切る。必ず足が先で手が後。順序が逆だと切った爪を足で踏んでしまうので。

 僕にとっては手の爪ですら難儀なのに、足の爪は輪をかけて難儀だ。手先が不器用なうえに体もかたいのだ。まったく勘弁してほしいなあと思いながら、ぶっきらぼうに切っている。僕は物心ついたときから左足の小指の爪がつぶれているのだけど(痛くはない)、つぶれているとはいえ伸びるので切らなければならず、それはもう切りにくいったらないのである。ぶっきらぼうに切って、やすりはかけない。

 切ったときはよいが、少し伸びてきたときにあかん、ということも多い。爪を円く整えたつもりが実は小さくその角を落としきれていなくて、伸びてきたときに指に食い込んできたりするとき。手の爪もさることながら足の爪。まじ最悪である。足の爪専用の爪切りとして売られていた、弧を描かない真っ直ぐな刃の爪切りを使い始めて、いくぶん上手くいくようにはなったけれど。

 道具としての爪切りは、これまた厄介なやつである。僕が長年使っていた実家の爪切りは、なんかのキャラクターのやつだった。なんかの。まったく思い出せない。どこで買ったのかも知らない。いつからあったものかも知らない。もしかしたら父か母の子どもの頃から使っているやつじゃないのか。

 前に「いいとも増刊号」でSMAP中居氏が、ずーっと使い続けてた爪切りをなくしてしまっただとかで、同じものを誰か譲ってくれないかと一般に募集をかけるという企画があった。あれ、すんごく気持ちわかるし、日本を代表するスーパーアイドルの爪をケアしてきたのは何の変哲もない爪切りだってこともなんだかぐっときた。キャラクター(たしかフェリックスかなんか)のやつでしたね。手に入ってよかったね、中居氏。

 でも爪切りって、そんなに壊れるもんでもないから十年、二十年と長生きするのが全然普通で、だもんでいざ新調しようとしても同じものを手に入れるというのはなかなか難しくって、かといってそれだけ長い歳月を共にしてきた道具を急に別物に変えるといってもなかなかスムーズにはいかなくて、全く困ったもんである。

 僕も実家を出て爪切りを買わなくちゃいけなくて、なんとなく無印良品のやつを買って(独り暮らしを始めたばかりの頃はなんでも無印良品で買うのがよいと思っていた)、それでも最初は慣れなくて慣れなくて。何年も辛抱して使い続けてようやく自分の爪切りになってきたかなというところである。理想の爪切りに出会うというのは決して簡単なことではない。というか、出会った瞬間から理想の爪切りなんていうのはなくて、あくまで時間をかけてその蜜月関係を育んでいくしかないものなのかもしれない。

 刃の感じも大事だけど、爪やすり部分の使い心地もまた馴染み感を決定づける重要なポイントだ。いや、むしろ、爪やすりこそが爪の仕上がりをフィニッシュしているのだとすれば、爪やすりこそが最重要部分だといえるのではないか。切ったばかりの爪を、いかに滑らかにするかという。まあ、とはいえ切ったばかりの爪の鋭さは、しかたないんだとは思うけれど。

 本当にまだ幼い頃、爪を切ってもらった直後に父親の背中を掻く、というじゃれあいパターンがあったっけ。父はふざけてオーバーに痛がってたんだと当時は思ってたけど、あれマジで痛かった可能性あるな。真っ赤だったもんな。大人はそんなに強くない。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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