#76 たまご

2015.02.19

 僕の生家では「かけたまごはん」と呼んでいた。たまごかけごはん。TKG。朝食は、ほぼ必ずかけたまごはんだった。ときどき納豆ごはん、さらにときどき、とろろごはん。そのときも、納豆にもとろろにもたまごが入る家だった。

 あるときから、朝食のレパートリーに目玉焼きが加わった。子どもたちがおいしいおいしいと食べたからか、目玉焼きが朝食になる日が増えた。目玉焼きとごはんとみそ汁。ごはんではなくトーストのときが、たまに。そのときも目玉焼きは出た。

 つまり僕は、離乳時点から独り暮らしを始める二十二歳の春まで、約二十年間ほぼすべての朝にたまごを食べ続けてきたのだった。新しい朝が来たら、たまご。おはようとともに、たまご。晴れの日も雪の日も誕生日も受験の日も、たまご。朝にたまごを食べないのなんて正月三が日ぐらいだったんじゃないのか。あ、でも前の晩がカレーの日は翌朝はカレーだったな。たまごはかけなかったな。

 家族みんながよくたまごを食べる家だったから、よくたまごを買いに行かされた。一リットル牛乳二パックと、透明のプラスチック容器に入った十個入りのたまご。あの容器のエッジがレジ袋を切り裂くっていうんで、いつもどきどきしながらそっと運んだものだった。

 僕の例は極端に多いほうかもしれないが、一般的にも朝食とたまごの結びつきは強いのではないだろうか。和食洋食に限らずだ。もちろん昼だって夜だってたまごは大活躍、いつだって登場してくる万能食材だが、特に朝。温泉旅館やビジネスホテルの朝食バイキングで、たまごあるいはたまご料理が出てこないという記憶が僕にはない。僕は初めての海外旅行、新婚旅行で行ったカンボジアのシェムリアップのホテルの朝食で食べたエッグベネディクトがたいそう美味くて、おかげでカンボジアの他の食べ物の記憶が全然残っていない。うまいよね、エッグベネディクト。

 逆にいえば、たまごアレルギーの人間にとって朝食とは非常に難儀なものだといえるのではないだろうか。僕の妻はたまごアレルギーなのでかわいそうである。アレルギーなのに好きなので余計にかわいそうである。

 生たまごを飲むというのを、子どもの頃は何度かやったことがあった。ロッキーに憧れたわけでも高木ブーに憧れたわけでもないが、なんとなく。ジョッキに何個もというのではなく、小鉢に一個だけ割って醤油をたらして。あんまり美味しいとは思わなかった。

 生たまごを食べるのは日本ぐらいで、それは習慣としてもそうなんだけど日本ではたまごの衛生管理(殻の外側)が行き届いているから生たまごが安心して食べられるんだという話を聞いたことがある。海外経験がほとんど皆無な僕はなるほどーと思ったのだけれど、実際どうなんだろう。ごはんにかけるという以外に生たまごを食べる機会はこのところほとんどないので(ごはんにかけることも最近は滅多にない)、いいっちゃいいのだけれど。

 あと、カレーライスに生たまごをかけるというやつ、あれも父親にすすめられたんだったか試してみたけれど、やっぱりだめだった。嫌いというわけではないけれど積極的にやろうとは思わない。だってカレーが薄くなるじゃん。ただ、カレーに目玉焼きはありだ。半熟たまごもありだ。なんでだろう。不思議だ。

 たまご料理というのではなくても、トッピングとしてのたまごはすごく魅力的だ。カレーの上のたまご。そばやうどんに入るたまご。カルボナーラやシーザーサラダの半熟たまご。びっくりドンキーのエッグバーグディッシュ。とろりとマイルドにしてくれるにくいやつ。素敵だ。半熟とろとろのたまごをかけておけばなんだってうまくなっちゃうんじゃないのか。

 あ、半熟とろとろっていうのは、衛生的には生に近いってことなのかな。火の通り的に。どうなんだろう。もしそうだとしたら日本に住んでいてよかったな。たまごといえばすっかり半熟たまご一択だものな。

 いやいやまてまて。ちょっと落ち着け立ち止まれ。ゆでたまごにせよ、オムレツにせよ、とろっとろでさえあればいいという昨今の風潮はどうなんだ? ほんとにそれでいいのか? たしかに半熟たまごのルックスにはシズル感がある。けれど、シズル感があればそれでいいのか?

 もしかして僕たちは、僕たちの「うまそう」という感覚、あるいはひょっとすると「うまい」という感覚までもが、広告写真でいうところのシズル感に浸食されてしまっているということではないのか? あれ、なんか、ちょっとした発見なんじゃないのこれ? 資本主義経済に踊らされる現代社会を喝破しちゃってるんじゃないのこれ?

 いや、とろとろたまご、うまいよ。うまいけどさ。でも、カチカチのハードゆでたまごでつくったたまごサラダも僕は好きですよ。おいしいじゃんね。マヨネーズの味がして。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com