#75 専用

2015.02.12

 ダイエットの必要に駆られてランニングを始めて一年以上が経つ。長距離を走るのなんて大嫌いだった自分がよくもまあ変わるもんである。習慣化に成功したのにはいくつかの要因があると思うが、振り返ってみてよかったなと実感しているのは「走るためだけのシューズとウェアを買ったこと」である。

 元々がスポーツマンですからみたいな人とか、すぐさまレースに出るのを目指そうみたいな人ならともかく、僕のような三十代文化系ビギナーが歩くのに毛の生えたような速さで自宅の近所をランニングするのに、ほんとうをいえば専用シューズも専用ウェアも必要ないはずだ。手持ちのスニーカーを履いて、手持ちの短パン、手持ちのTシャツ、あるいは手持ちのジャージで出かければよろしい。

 ただ、僕の場合はちょうど走り始めたのが冬だったので、それも十二月の札幌だったので、まさかブーツとコートでランニングというわけにもいかず雪道ラン専用のシューズを調べて購入、ナイロンがシャカシャカいうトレーニングウェア上下を買い求めたのであった。これが、結果的に僕にとっては非常によかった。

 それなりにお金をかけてしまったうえに他のことに転用がきかないものを買ってしまったんだぞ、という不退転の決意(大げさだけど)ができたというのがひとつ。そして、その服を着て、その靴を履いて、というのが毎度「よっしゃ走ったる」というようにモチベーションのスイッチをオンしてくれたというのがもうひとつ。

 もちろん、かけないで済むお金はかけないにこしたことはない。手持ちのシューズとウェアで気軽に始めるのも、走るのが自分に合わなければ気軽に辞めるのもいい。僕の場合はたまたま始めたい、続けたいと思う気持ちがあって、必要から専用用具を買っちゃって、うまくはまった。それだけのことである。それだけのことであるが、ほんとうに買ってよかったと思っている。その後、春が来て雪が融けて、僕はシューズを一足とウェアを少々、それとランニング用のGPS付きウォッチを購入した。それらのアイテムは僕のモチベーションをどんどん加速してくれた。今はもう「使わなくちゃもったいない」という意識はないが、それらがあることで気分はあがる。

 専用というのは、あがる。ガンダムに詳しくない僕ですら赤いのはあがるように、専用は僕らをわくわくさせてくれる。

 専用ならではの特化、機能の充実、専用だからこそ実現できることがあるというのはもちろん、専用には「ほかに使い途がない」という意味で、退路を断った潔さがある。専用を手にしている間、手にしている人すらも、その行為専用の人になる。たとえば僕の愛してやまないキングジムの「ポメラ」という文字データ入力専用機は、テキストを打つことに特化しているからこそのコンパクトさ、起動の速さ、電池のもちの長さを実現しているし、そのうえパソコンのようについついインターネットしてしまうこともないから集中できる。すごく好きな道具である。

 ただし専用にも弱点はあって、専用にこだわっているとどんどんものが増えていってしまう。家の中や机の上、鞄の中。まとめられるものはまとめてしまわなければ際限がない。つまり、汎用という逆の方向性の検討が始まる。

 汎用もまた、あがるものだ。十徳ナイフってわくわくする。個々の機能では専用に劣ることもあるが「事足りるじゃん」と割り切れるものについてはまとめてしまうのが賢明だろう。パソコンやスマホなんてその最たるところであって、それで本当に必要十分なのであれば、なんと理想的ライフなことでしょう。

 ところが、気をつけなければならない。汎用で構わないと思っていたものを専用に変えてみると、目から鱗の体験が待っているということがあるのだ。ステープラーの針を外すためだけの専用道具「はりトルPRO」という製品をサンスター文具がつくっていて、文具王こと高畑さんがプッシュしていたのを読んで購入したのだが、こいつがめっぽう気持ちいいのだ。僕はもう、ステープラーの尻に標準装備されている針外しには戻れない体になってしまった。なんて罪な文具だろうか、はりトルPRO。一生責任とってもらうんだから……。

 なんでもかんでも専用というのも、なんでもかんでも汎用というのもどちらも無理があるから、結局はバランスだね、なんてつまらないまとめだけれど、そのチョイスが人それぞれの個性であるのかもしれないなあ。なんとなく「複数の専用」ぐらいがいい感じかもな、とは思う。ただ中途半端にはならないようにしないと。

 ちなみに繰り返すけど僕はポメラという道具の存在をものすごく愛しているが、現在はポメラを使っていない。それは「テキストを打つ」というまさにその部分で物足りなさを感じているから。キーボードしかり、変換能力しかり。そこが改善されたらまたポメラに戻るかもしれないけどなー。


face

鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com