#72 暖

2015.01.22

 衣服を身にまとうにせよ、壁と屋根をつくるにせよ、さらにはその中になんらかの熱源を設置するにせよ、そうしなければ生命を維持できないのだとしたら、その土地に住むのは生物として間違っているのではないかと考えてしまうときがある。ちょいちょいある。地下鉄の駅から自宅までの数十分間、まともに歩けなくなってしまうほどの猛吹雪の中、じっと仁王立ちして顔面をがちがちに凍らせながらそんなことを考える。冬である。

 北海道札幌市ですらそうなのだから、シベリアに住んでいる方々だとかはそんなこと考えたりしないんだろうか。高校の世界史でロシアの南下政策のことを習ったとき妙に嬉しかったのを思い出す。あのときほど歴史の教科書の中の、それも行ったこともない国の人のことを身近に感じたことはなかったのではないか。「寒いの嫌だったんじゃーん!」みたいな。「やっぱりー!」みたいな。あれは僕の中でかなりウィーアーザワールド感あった。

 たぶん札幌はシベリアほど寒くはないので、僕は今のところ南下を企図することなく札幌に住み続けている。ご存じの方もいらっしゃるかと思うが、北海道は炬燵のある家があまり多くない。多くないというか、僕自身の経験でいえば炬燵のある家を見たことがほとんどない。つまりは炬燵を見たことがほとんどない。最低でも十年以上見ていない。基本的には暖房だ。ストーブをぼんぼん焚いて、部屋中のどこにいても暖かいように暖房するのが、僕が普通だと認識している冬の住空間である。炬燵に入ったことは何度かあるが、背中が寒いよあれは。ちゃんちゃんこ羽織ったって寒いよ。

 そりゃあ炬燵のように人がいる場所だけをピンポイントで暖めるのが効率はいいと思うし、工夫次第では快適に過ごせるんだろう。暖房ききすぎの室内でアイスを食うような北海道民はエコじゃないとそしりをうけても仕方ない。でも、家中をまんべんなく暖めないと住宅の寿命が縮まるという説も聞いたことがあるから、実際はどうなんだろうなあ。寒冷地ならではの理屈があるのかもしれない。

 そんな僕も東京に丸一年だけ暮らしたことがあった。その初日、三月の末頃、初めての独り暮らしでもあったので布団がまだなくて、まあでも布団は明日にでも買いに行こう別に一晩ぐらい大丈夫だべ東京だし春だし桜とか咲いてるし、なんつって和室の畳に横になって寝ようとしたんだけれど、深夜、あまりに寒くて眠れなくなってしまい、可能な限りの厚着をしたんだけどそれでもだめで、結局近所のコンビニ(スリーエフ)に駆け込んで暖をとったということがあった。あれは寒かった。人生で指折りの寒さだった。東京の三月で。

 体の震えもそれなりに止まったのでコンビニから部屋に戻り、そこでふと視界に入ってきたエアコンに、がっくり両膝をついた。「あ、エアコンを入れればいいんだ」と気づいて畳にくずおれた。暖房にエアコンを入れるという発想がなかったのである。エアコンのある住宅に住むという経験が初めてだったということもあるが、僕の先入観としてはエアコン=クーラーであり、それは暑すぎる夏のための機器でしかなかったのである。いや、まいった。まあ、結局のところ真冬はやっぱりそれじゃ寒くて電気ストーブを買ったのだけれど。今、北海道の冬でもこれで大丈夫と謳っているエアコン、ありますね。あれどうなんでしょうね。

 札幌の冬でも僕をなんとかまっとうな社会人たらしめてくれているのはストーブのタイマー機能にほかならない。起床時刻の数十分前に点火されたストーブが部屋をそれなりに暖めてくれたところで目覚まし時計が鳴る。それでなんとか僕は布団から抜け出すことができるのである。

 つくづく思うのは布団の圧倒的な最強ぶりだ。布団それ自体が暖かいわけでは決してない。湯たんぽや電気毛布という手もあるが基本的に熱源は自分である。自分の体温である。それが、夜を徹して布団の中をぬくぬくさせ続けているわけである。布団の中にいる限り半永久的にぬくぬくである。これはすごい。恒温動物まじすごい。恒温動物に生まれてほんとうによかった。

 もちろん、もぐりこんだばかりの冷たい布団もけっこう好きである。これもまた恒温動物の特権的快楽である。

 暖は人を惹きつける。なんせ生命維持に直結しているから、これはまさに本能的な、抗いがたい誘惑である。抗ったってむだである。徒労である。委ねてしまうしかないのである。そういや高三の学校祭で僕のクラスが出したうどん屋は「うどん 暖」という店名だった。「だん」と読む。誰が命名したんだったか忘れてしまったけれど、人間の根源に訴求して集客につながることが期待される、いい店名だったなと思う。うどんなのに温ではなく暖なところもいい。学校祭、夏だったけど。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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