#70 セロリ

2015.01.08

 大人になると味覚が変わるっていう例のアレのことなんですけどね。例の、三十歳オーバーあるあるのことです。様々な年齢の人々が集まる職場の飲み会的な場面で、おっさんが「昔は食べられなかったけれど、今ではすっかり好きなアレ」の話をして、二十代そこそこの若手は「へーなるほどですねー」なんつって。そこに吹き抜ける微弱な先輩風。あるあるですね。

 で、自分が三十歳オーバーになって僕もたしかにそのような現象が存在するということを身をもって体験したわけであります。あれー、子どもの頃はダメだったけどなーこの食べもの(あるいは「こういう方向性の味」)というのが好きになってしまう。いくつかある。

 なんでこういうことが起こるんだろうと理由というか理屈をときどき考えるんだけれど、今まで僕が考えついた候補としては(1)酒を飲むようになって、つまみになるようなクセのある味が好きになるから。(2)先輩やクライアントとの酒席など、嫌いなものでも嫌いとはいえない状況でむりやり克服するから。

 まあ、きっとどっちもあって、それなりの歳月で少ないながらもいろいろなものの味を経験するうちに、楽しめる味の幅が広がっているということなんだろう。この前読んだとある本曰く、初めて食べたときはそれが美味しいんだかなんなんだかわからなかったものでも、何度も何度も繰り返し食べているうちに、それが体にとって悪いものでなければ美味しいものだと感じるようになってしまうのだそうだ。つまり体の方が「これ食え!」って指令を送っているというわけだ。

 で、体の指令なのかどうかは知らないが、僕はセロリが好きになっちゃったんである。

 とても明確な転機があって、テレビ番組「世界ふしぎ発見!」でミステリーハンター竹内海南江がイタリアのグルメの回を担当しているのを見て、竹内海南江もほんとヌルい現場しか行かなくなったなどと嘆いておったところ、番組中でたいそう美味そうなスパゲッティ・ボロネーゼのレシピが紹介されていて、そこにみじん切りのセロリがどっさり入っていたのである。肉と同量の野菜が入るそのレシピで妻につくってもらったスパゲッティ・ボロネーゼが思った通りにたいそう美味く、美味いうえに食べ終わった後もまったく胸焼けしない素敵さで、一気に虜になってしまった。

 不思議なのは、そのボロネーゼソース自体からは特にセロリの味も香りもしないのだ。にもかかわらず、それをきっかけに僕は、セロリのあの独特の風味がすっかり好きになってしまった。やはりこれは、体の指令なのだろうか。油脂分の許容量がすっかり減って油断するとすぐに胸焼けしがちなわがままボディになってしまった僕に、体がセロリを食えと囁いているのか。

 大体の子どもから嫌われているセロリだが、実をいうと僕はセロリのことをあまり「嫌いだ!」と思ったことがない。好きだったわけじゃないんだけど、嫌いだともあまり。なぜならセロリなんていう洒落た野菜が食卓に上ってくることがなかったからだ。いや、あったんだろうか。記憶にない。母さん、僕にセロリ出したことありますか? もしあったらごめん。おぼえてない。春菊はすげえ出たけどセロリはおぼえてない。

 外食もほとんどしない家庭だったから、ますます自分がいつの間にセロリの味と香りを知ったんだかまったくわからない。給食に出てきたこともなかったように思う(さすがに残す児童が多すぎるからだろう)。でも、たしかにあの香りがセロリの香りだということは知っていたし、どちからといえば嫌いだということも自覚していた。もちろんすべての食材との出会いを記憶しているわけではないが、よくよく考えてみると謎が残る。僕はいったいどこでセロリと出会い、どこでセロリのことを嫌っていたのか。セロリの繊維のように残る。

 あの香りと同じぐらい繊維質もまたセロリの特徴だと思うのだが、ところで栄養価的にセロリの優秀さというのはどうなんだろう。セロリが体にいい、って聞いたことがない気がする。そう、僕がセロリと縁薄かったのは、セロリがそんなに「食べなさい」と言われる野菜じゃないということも関係しているのではないだろうか。子どもが嫌いなわりに、嫌いなのを我慢してまで食べさせる甲斐が薄い感じ。大人サイドにしたってそこまでして子どもらに食べさせるモチベーションが湧かないだろう。そもそも大人だって嫌いな人も少なくないだろうし、「どうしてお父さんは食べないの」って言われたら気まずいし。だったらホウレンソウ食えって言うよな。ポパイになれって言うよたとえば僕の父親ならば。育ってきた環境が違うといわれたらそれまでなのだけれど。

 セロリ食いたい。バーニャカウダで食いたい。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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