#68 声

2014.12.25

 そんなこと言われても本人は困ってしまうだろうが世の中には「無駄にいい声」というものがある。

 家の近所のドラッグストアのレジを打っているアルバイトさんにひとり、めっちゃいい声の男性がいて、わかってるんだけどいつも必死に笑いをこらえてしまう。見た目、おそらくまだ二十歳そこそこの若さ。僕よりずいぶん年下だ。でも、僕よりもずっと低くて甘くて抑えのきいた大人っぽいボイス。でもここは薄暗いバーカウンターではなくて白い蛍光灯が眩しいドラッグストアのレジである。「ポイントカードはお持ちですか」と言われる前に僕はポイントカードを出す。

 平常のレジ打ち時のルーティンコメントならまだいいのだ。それは予測の範疇だから対応ができる。ところが、彼がルーティンから外れた発言をした場面にいちどだけ遭遇してしまったことがある。おばちゃんの「タバコはないのか」という急な問いに狼狽したアルバイト氏が追い詰められた末に発した、これでもかというぐらい甘ったるい「マイルドゥ……ッセブン」。僕は対応しきれなかった。大人として反省している。

 最近そのアルバイト氏を見ないなあと油断していたついこの前、再び試練が僕に訪れた。初めてかかった近所の病院に隣接する、初めて入った調剤薬局。狭い待合室で待っていると、奥から白衣の男性薬剤師が姿を現し、じっとこちらを見、そして、狭い待合室の空気を一気に振動させる美声で「ジェネリックにできるけど?」と言ったのだ。めちゃくちゃいい声の薬剤師は、何度も何度も念を押してくる。「ジェネリックにできるけど?」「ジェネリック……」「ジェネリックじゃなくていい?」よく考えたらタメ口なのも納得いかないが、もうなにその「ジェネリック」の響き。「ジェネリッ……ク」みたいな余韻。なんなんだ、うちの近所の薬関係者は。

 無駄にいい声、なんて失礼な言い方をしてしまったのはきっと嫉妬もあるのだろう。僕は男にしては声が高い方で、声変わり前の中学時代は合唱の男性パートが低すぎて出せずに女子に混じってソプラノを歌っていたし、その後の声変わりでも結局そんなに声変わらなかった。高校で演劇部に入って発声練習をするようになって意識すれば多少は低い声も出せるようになったけれど、ちょっと感情的になるとすぐに声が上ずってくる。高くて早口の、いかにも落ち着きない声になってしまうのだ。録音した自分の声に違和感をおぼえる人は多いと思うが、僕は喋りながら聞こえる自分の声もあまり好きではない。もちろん、録音した自分の声はもっと好きではない。

 仕事柄、取材でICレコーダーに録音した声を文字起こしすることがときどきある。取材相手の声を聞くのはよいが、自分の声を聞くのは本当にいやなものだ。だから、文字起こし時には再生スピードをわざと変更(たいていの場合は遅く)して、自分の声があたかも自分の声じゃないような響きにごまかしてしまう。それでもいやなので、最近はできるだけ質問は最小限に、無駄な相槌を挟まないようにしている。

 人生なにがあるかわからんものだが、声で人生が変わる人というのもきっといるだろう。俳優や声優、アナウンサーといった「声のプロ」の中には、もしこの声じゃなかったら、この職を選ばなかったという人がきっといるだろう。それにミュージシャン。ボーカルを担当する者にとってはもちろんそうだけれど、そもそも「ボーカルをとるか否か」という部分に影響しそうだ。細野晴臣がインタビューで「もしロバート・プラントみたいな声だったらミュージシャン人生は別のものになっていただろう」みたいな発言をしていたけれど、細野さんの声は宝物なのでその声でよかったですよまったくもう!

 逆に、声に抵抗があって好きになれないミュージシャンというのもいて、まあ、結果的に慣れれば平気で今は好き、とかもあるんだけど、たとえば最近ではサカナクションなんかはそうでしたね僕は。今は好きだけど。あと、チバユウスケの声はすごいかっこいいなと思うけど、ああなりたいかっていうと、うん。良くも悪くも個性ってやつは、という話でしょうか。

 飲みの席なんかでふざけて、芝居がかった低めの声を出すときもあるけれど、やっぱりなんにもしなくたってナチュラルに低い声に憧れる。低けりゃいいってもんでもないかもしれないけれど、いい声の男はだいたい低い気がする。友達や先輩に何人かいるけれど、やっぱ話してて安心感がある。そういう人が、ひょんなことで出す高い声というのまた趣深いものである。高いんだけど太いっていうか。ああ、僕も「無駄にいい声」なんて言われてみたい。調剤薬局の窓口で「お薬手帳忘れちゃ……ったんですけど」って無駄にいい声で言ってみたい。

 いい声同士のしょうもない会話を聞いてみたいなと思ったが、それはスネークマンショーである。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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