そのカセットテープの一曲目は広瀬香美だったことだけは鮮明に憶えている。

 ラジオを聴くようになったのは小六か中一の頃、自分のCDラジカセを買ってもらって部屋に置いてからだった。ラジカセは昔から家にあったのに、それまでラジオを聴いたことなんてほとんどなかったんじゃないだろうか。せいぜいいつも行く床屋でAMがかかっていたぐらいで、FMラジオというものをきちんと聴いたのはずいぶん後だ。音がよすぎてびびった。

 たとえば深夜ラジオの熱心なリスナーのように、ラジオを一生懸命に聴いていたわけではない。居間にいるのが居心地のよくない思春期の時分、部屋にテレビのなかった僕は自然とラジオを聴くようになった、ということなんだと思うけどあまりきちんとは憶えていない。たまたま周波数を合わせたエアジーことエフエム北海道の、たまたま夕食後のちょうどいい時間にやっていた「テレホンジャック7」という平日の帯番組があって、そのとき人気のJポップ(当時「Jポップ」なんて言い方あっただろうか?)がたくさんかかる一時間の音楽番組だった。電話でリクエストを受け付けてて、毎日ランキングが発表されて、毎日その中から一曲かかる。

 通常、こういったラジオ番組ではDJの曲紹介トークがイントロにかぶったり、または曲の終わりにかぶったりする。「テレホンジャック7」でもそのような曲のかけ方はあったが、一日一曲は必ずフルで流れた。イントロから、曲の終わりのフェードアウトまで(またフェードアウトで終わる曲の多い時代だった)何もかぶせずに流れたのである。

 あるとき僕は気づいてしまった。「あ、これ、録音すればよくね?」

 当時、短冊形のCDシングルは千円して、流行の曲をいちいち買っていたらあっという間に中学生の財布は空っぽである。同級生に貸してもらうといっても限度があるし、CDレンタルは今ほど便利な場所になく(それも決して安くなく)、兄も姉もいなければ色んなことを教えてくれる兄ちゃん的存在も身近にいなかった僕にとって、この方法を得たことは革命的な出来事だった。この行為にエアチェックという名称があることを知ったのは、大人になってからのことだ。

 近所のドラッグストアでカセットテープを百円で買えるという事実もまた僕の行為に拍車をかけた。最初は深く考えずに46分のものを。54分、60分、90分、そして120分テープ。カセットテープのなんだかかっちょいい商品名やケースのデザインも好きだった。カセットテープの薄型ケースの感じも好きだった。メタルテープは高いし、そもそも意味がよくわかってなくて買わなかった。

 テレビの「カウントダウンTV」を録画して、いいなと思った曲をラジオの「テレホンジャック7」でエアチェックして。そんな風にしてカセットテープをどんどん増殖させていった中学生鈴木。カウントダウンTVの画面やCDショップの店頭で曲名の「正しい表記」を確認して、インデックスに手書き。何度も何度も繰り返し聴きながら、好きな曲の歌詞はミニノートに書き取り。結局きちんと聞き取れなくて間違って憶えている歌詞もあった。家の近くをトラックが通ったりすると電波にノイズが入ったりして、それがちょうど録音中だったりすると腹を立てた。曲の最初や最後をきれいにするために「一時停止を押してから録音を押して、それから一時停止を解除」みたいなことをいろいろと試していた。

 CDを買っていないわけじゃなかったけれど、僕の中学時代の音楽摂取は圧倒的にラジオ、そしてエアチェックしたカセットテープに依存していた。高校に入ってエアチェックをやめちゃったのは別にCDを買えるようになったからというわけではなくて、部活で家に帰るのが遅くなったのと、たしか番組も変わってしまって、いや、番組は変わらなかったんだけど番組の中の「曲の最初から最後まで、トークをかぶせずにかける」のがなくなってしまったんじゃなかったかな。記憶が曖昧ですが。

 それから後は、友人からおすすめされたアルバムとかを、そのときの流行りにあまり関係なく聴く、みたいな生活になってしまったので、僕のJポップの記憶はだいたい中学三年間のものでしかない。カラオケで歌えるのも、だいたいそのあたりの曲しかない。今もごくたまに聴く機会があったときに、何も見ずとも歌詞がすらすらと口をつく。それだけ反復したってことなんだろう。

 エアチェックしたカセットテープは今でも僕の家の押し入れの中に眠っていて、これから先、万が一、どうしても耐えられないほどの暇な時間が訪れたときには聴こうと思っている。一本目のカセットテープの一曲目は広瀬香美「ロマンスの神様」だ。紺色のカセットテープ、今とそんなに変わらぬ汚い字。そのときはまずラジカセを買わないと。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com