#62 国語辞典

2014.11.13

 夢を見た。特有のぺらぺらの薄い紙、特有のにおい。びっしりと文字が詰まっているはずのページは、なぜか余白・空白がやたらと多いものだった。やけに白い、すかすかの国語辞典。こんなもの普通だったらありえない。そこで夢からさめてしまった。

 夢の材料は基本的には脳の中にあるものだろうから、きっと自分の脳の中に辞書の一ページを再現できるまでのストックがなかったということなのだろう。だったら最初から辞書なんか引くなと夢の僕を叱ってやりたい気分である。

 インターネットがなかった頃は辞書が世界のすべてであった。すくなくとも言葉に関していえば辞書に載っているものがすべてだと思っていた。それも、自分の家にある辞書だけが僕の世界のすべてであった。僕が小学生のときに買い与えてもらった一冊、小学校からの「国語辞典を購入せよ」というお達しに対して母が街の本屋でうっかり買ってきてくれたのは、三省堂の『新明解国語辞典(第四版)』だった。これが僕の世界のすべて。おいおい、大丈夫か鈴木少年。

 ご存じのかたはご存じだろうが、いい意味で珍奇な記述でおなじみの新明解国語辞典である。とても素敵な辞書だと思うが、それ一冊をスタンダードとしてしまうのは、もし今の僕が当時の鈴木少年にアドバイスできるとしたら、おすすめしない。けれど、今のように「国語辞典 おすすめ」で検索できる時代ではないのだ。僕は親を無条件で信じたように、この国語辞典を信じた。読書が趣味の父に「わからない言葉があったら必ず辞書を引け」と言われ、しょっちゅう辞書を引いたものだった。学校の勉強はもちろん、コロコロコミックを読んだり、テレビで平成教育委員会を見たりしたときも引いた。面白く読んだ。

 僕の考えが覆されたのは高校一年生のとき。担任の国語教師が、授業で新明解国語辞典、いわゆる「新解さん」の珍奇さをネタにしたときである。僕は驚いた。先生、それ、僕の世界っす。僕の血肉っす。なんと僕が信じてきたものは、珍奇なものだったのである。いや、たしかに新明解第四版の「恋愛」の解説はちょっとすごいなあとは思っていたけれど……。新明解は極端な例だが、この先生が「辞書によって特徴がある」ということを教えてくれたおかげで、僕はようやく辞書を絶対的存在ではなく、相対的なものとして理解できるようになった。ある辞書に載っていなくても別の辞書には載っている言葉かもしれない。こちらの辞書ではこう書いているけど、あちらの辞書はちょっと違うニュアンスで書いているぞ、など。世界は複雑で、曖昧で、とらえどころのないものに姿を変え、僕は大人になってしまった。

 まがりなりにもコピーライターなんて職業に従事していると言葉遣いには敏感にならざるを得ない。広告主様の代弁をさせていただく立場上、誤った言葉遣いをしては広告主様に恥をかかせてしまうことになるからだ(このエッセイはそういう意味でほんとに気楽だ)。とはいえ、自分では正しい日本語を書いているつもりであっても、知らず知らずのうちに誤っておぼえているときというのはどうしてもある。あと、標準語だと思っていたものが方言だったり。だから、すこしでも怪しいと思ったら辞書を引くのは鉄則だ。辞書的に正しければ、最低限の正しさは保証される。その際、最低でも複数の辞書は見る。それと、インターネットの検索窓に尋ねることも多い。迷ってしまうような言葉遣いは、ほとんどの場合だれかが過去に同じ疑問を抱いてウェブ上に質問を残しているものだ。「間違う」と「間違える」の違いとか、「追究」と「追及」と「追求」の違いとか。

 ただ、よくいわれるように言葉は生きものであり、「辞書的に正しい」からといって「コミュニケーションとして正しい」とは限らない。逆にいえば、辞書的には正しくない使い方だとしても、そちらを選択すべきときはある。「人の注意を引くためにわざと変な言い方にする」とか、「世間では既に浸透した言い方である」とか。まあ、結局は時と場合に応じてということになるのだが、このあんばいは自分の感覚を信じるしかない部分もあり、難しい。でも、言葉とつきあっていく以上は不可避なことだ。モヤモヤしながら面白がっていくしかないんだろうな。

 もちろん「生きもの」を相手にして辞書だって変化し続けている。「広辞苑にあの新語が入った」なんていうニュースもときどき見る。けれど、やはり辞書にはその物理的制約からキャッチアップの速度に限界があるし、むしろ速度がありすぎてもよくないだろうと思う。辞書はすこし遅れたぐらいで、世の中への言葉の定着のあんばいをしっかり見すえて、そのうえで正しさの規範の一つであってほしい。なんでもスピーディーな時代、辞書ぐらいはでーんと構えててほしいと思うのだけれど、どうですかね。あ、新解さんはそのへん自由な感じで結構です。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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