#60 注釈

2014.10.30

 大学の卒業論文を作成する際、はじめてMicrosoft Wordの「脚注」機能を使った。論文では様々な文献から引用を行うことが多々あり、その際には出典を明記しなければならない。また、文章の流れには反するが補足すべき内容があるときもある。そんな場合には本文中の該当する部分に「※1」などと振り、それに対応する注釈を各ページの末尾(これが脚注)または論文全体の末尾にまとめて記述するということになる。

 この作業、手作業では非常に厄介。たとえば「※1」「※2」といった数字は登場する順番に並べる必要があるが、論文を書いていると途中で文章の順番を入れ替えたり、新しい注釈を挿入あるいは削除することは頻繁にあり、この数字がズレないようにするというのは手作業だと面倒だしミスのもとである。だが、Wordのようなワープロソフトにお任せすると数字は自動的に順番に並べ替えてくれるわズレることもないわで非常に楽ちん。おまけに、注釈が美しく入ってくれることですこぶる「それっぽく」見せてくれるという優れものである。プリントアウトしたとき、そのあまりのそれっぽさにたいへん気持ちよかったのをおぼえている。きっと教授も「それっぽい」と思ってくださっただろう。僕は脚注機能のおかげで卒業できたのかもしれない。

 大学時代に読んだ書籍は注釈が多かった。文学作品であれ学問的な書籍であれ、和訳前の原著の時点で付いていただろう注釈もあれば、訳注もある。その膨大さと煩雑さ、注釈を読んでもそこに書かれている内容がよくわからなくてむしろそこに注釈ほしいわ、などなど、たいへん苦手であった。なんとかその注釈も含めて読み込もうとして四苦八苦している僕に、「注釈なんか飛ばしていいからどんどん読み進めちゃえ」って言ってくれた人があって、その教えは今でも僕のなかに残っている。逆に、注釈を作品の一部として大フィーチャーした田中康夫の『なんとなく、クリスタル』は、学生当時に図書館でパラッと立ち読みして、すげえって思ったのをおぼえている。いつかちゃんと読みたいところ。

 いま、広告制作を生業とするようになり、特にその言葉まわりを担当するようになって、注釈というものとおつき合いする毎日が続いている。注釈とはつまり補足すべき情報を添えたもの。よくある例を挙げれば「業界ナンバーワン!」なんてキャッチフレーズのそばには必ずといっていいほど「※」が付いていて、その近く、あるいは同一紙面のすみっこに「※いついつ現在、どこどこ調べ」などと書かれているものである。ナンバーワンを謳う根拠というのはこれこれこういうことですよ、という情報の明示。見る側にとって、いちおうメリットである、かもしれない。

 料理写真などに添えられる「※写真はイメージです」もよくある注釈だ。見る人が「この料理写真と同じものが食べられるのだ」誤解を招かぬように補足している、といえば聞こえはいいが、だったら食べられるものと同じ料理写真を使いなさいよといえなくもない。こんなこと僕が今さら書かなくたって自明だと思うから書くけれど、広告表現における注釈とはたいていの場合、言い訳だ。つまりはクレーム回避策だ。世の中の人間はみんなとっくに知っていて、だからこそテレビのバラエティ番組の「※スタッフがおいしくいただきました」が一周まわってギャグになる。言い訳するほうが悪いのかクレームをつける側が悪いのかはわからないけれど、ただ、事実としてそうなっている。余談だけど「※画像はイメージです」って不思議な注釈ですよね。イメージ・イズ・イメージ。「イメージ」という言葉のふわっと感と、そのふわっと感に甘えている感がよく出てる。

 企業や商品によってはチラシ紙面の約半分を注釈が占める、なんていうケースもある。商品の選択肢や料金システム、幾重にも絡み合う割引体系、その適用条件、などなど。こんなもの誰が読むんだという気持ちと、だからといって嘘になってはいけないという気持ちと、僕は複雑な気持ちを抱えたままで注釈の原稿と格闘する。個人的にいえば、このような「作業」は嫌いではない。要素を一つひとつ積み上げて、検証して、構築するパズルのような面白さがある。けれど、やはり個人的に告白すれば、注釈なんか要らないシンプルな広告が、さらにいえばシンプルな商品が、世の中にもっと多くなればいいなと思っている。そんな複雑にならなくていいレベルで僕らは複雑に生きすぎている気がする。

 このまえ、地下鉄車内で、英会話学校の広告にこんな注釈が書き添えられているのを見た。

「※外国語の習得は、日常不断の努力が必要です。」

 みんな、もっと声を大にしていいんじゃないか。「わかっとるわ!」と。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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