#58 かき混ぜる

2014.10.16

 ガラスのボウルの内側を菜箸がリズミカルに叩く。チャカチャカチャカと小気味よい音をたてて生たまごをとくテレビの中の料理研究家。僕はその様子を眺めながら、どうして僕にはこれができないのだろうかと溜息をつく。

 その動きは、立体的、三次元的である。左手でボウルをやや斜めに傾け、菜箸は卵液の中をくぐったかと思えば空中に弧を描く。美しい軌道である。生たまごに限らず、調理あるいは食事の際になんらかの液体をかき混ぜるときというのはたいていそういうものだ。僕は溜息をつく。

 よくかき混ぜる、が苦手だ。立体的、三次元的なかき混ぜかたが僕には上手にできないのである。基本にあるのは平面的、二次元的。液体に対して垂直に立てた菜箸で、そこに円を描くのみ。魔女が壺の中を棒でぐるぐるするみたいな、あんな感じの円運動。液体は若干液面を揺さぶられるのみ、重い成分はただ沈殿してゆくのみである。

 ああ、僕だってほんとうはスマートにかき混ぜたい。太陽の周りを回る水金地火木土天海冥のように、縦横無尽に箸を操りたい。ときおり大胆に試みては大胆にこぼす。これでも成人かと情けなくなる。

 パスタでいえば、麺の上のソースや具。サラダでいえば、野菜の上のドレッシング。これらを混ぜ合わせるというのも苦手だ。麺とソースが、野菜とドレッシングが、まんべんなく均一になるのが理想なのだろうが、僕がやってもそういうことにはまずならない。混ぜたつもりが単純に上下逆転、これではいかんとさらに混ぜたつもりが偏り、偏り、こんなもんかと食べ進めてみれば、さいご底のほうにソースやドレッシングが沈殿している始末である。

 だから僕は、すくなくともその皿が自分だけの皿の場合は、そもそも全体をきちんと混ぜることを放棄する。同じ皿のなかで、まるで刺身に醤油をつけるように、麺にソースを、野菜にドレッシングをつけながら食べる感覚。宴会などのみんなで取り分ける大皿は、なるべく混ぜる役目を負わないように細心の注意を払って逃げる。

 苦手だからというわけではないが、そもそもが「それはかき混ぜないほうがいいだろう」と思っているものがあって、それは、たまごかけごはんや納豆ごはん、とろろごはんの類である。予め別の器でかき混ぜた生たまご、納豆またはとろろを、白いごはんにかける。そして、そのまま食べるのが僕の食べかたである。ごはんと一緒にぐちゃぐちゃにかき混ぜて食べる人もあるが、僕はあれがどうにも好きになれないのである。味は変わらないのだとしても、食感。ごはんつぶもろとも液体にもっていかれているあの感じが。ごはんつぶはごはんつぶとして食べたいという気持ちがあるからだろう。ま、単に習慣だともいえるが。

 かつて織田作之助の小説『夫婦善哉』に登場し、オダサク自身もまた実際に愛したという大阪の自由軒のライスカレーを、札幌の百貨店の物産展で食べる機会があって、カレーが既にごはんにまぶされた状態で出てきてそれはいいんだけど、乗ってる生たまごをスプーンで崩してぐちゃぐちゃに混ぜて食べるんだよね。『夫婦善哉』のテレビドラマで森山未來と尾野真千子がそうやって食べていて、それはたいそう美味そうで、僕もいちおう郷に従ってそうしてみた。みたけど、うーん。いや、うまいんだけど、うーん。っていう感じだった。

 食べもの以外でもかき混ぜること全般が苦手だ。たとえば風呂の湯をかき混ぜるのも苦手だ。沸かしてからしばらく経っている湯船の、上が熱く、下がぬるくなっているのを棒でかき混ぜてまんべんなくするあれ。下から上へ、上から下へ、ぐいんぐいんとかき混ぜているつもりなのに、いざ湯船に入ってみると底のほうがぬるい。自分のかき混ぜ下手に心底がっかりする瞬間である。かき混ぜているのが無色透明なお湯であるのものだから、見た目にはかき混ぜが成功しているか否かが判断しにくいというのもまた、落胆を助長する。丸出しの尻でぬるさを感じたときのかなしみ。

 どうして僕は、かき混ぜることがこんなに苦手なんだろう。手先が不器用だというのはわかっている。でも、本当にそれだけなのか。かき混ぜることを拒絶する要因が僕の肉体、あるいは精神に存在するのではないか。かき混ぜるというのは対象物を均質化させることを目指す行為だが、僕の中のサムシングが均質化を拒んでいるのではないか。もっと偏っていいじゃん? みたいなアティテュード。ロックなんだかパンクなんだかよくわからないが、それより僕はちゃんとあったかい風呂に入りたいし、ソースを余らせずにパスタを食べたい。ちょうどよくしたいんだよ!

 この苦手、克服したい。でも、なにから練習すればいいかわからない。かき混ぜるのが上手な人はどうやって練習してきたんだろう。今の仕事に「かき混ぜる業務」というものが存在しなくてほんとうによかった!


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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