#56 土

2014.10.02

 小林よしのりといえば「おぼっちゃまくん」や「ゴーマニズム宣言」で有名な漫画家であるが、あるときコロコロコミックで「いなか王兆作」という作品を連載していたことがある。架空のド田舎を舞台に繰り広げられるギャグマンガであり、細かいところまでは全然おぼていないのだけれど、強烈に記憶に焼き付いているのが、たぶん第一話、都会からド田舎へ転校してきた物語の狂言回し的少年が発した、この台詞。

「これが土か きたないなあ」

 都会、たしか東京で生まれ育ったというその少年は、土を実際に見たことがなかったというのである。鈴木少年は衝撃だった。いやいやいやいや、いくらなんでもそれはないだろうと思った。内心「いやいやいやいや!」とツッコミを入れた。もしかするとそれが僕の人生初ツッコミだったかもしれない。それぐらい衝撃的な描写だった。というか「土で汚れたものが汚い」ならわかるが「土それ自体を汚い」とした表現、すごい。しびれる。

 土を見たことがない、触ったことがないだなんて、そんなことが本当にありえるだろうか。にわかに信じがたいが、鈴木少年は東京を知らない。北海道小樽市生まれ育ちの僕の生活圏内には、コンクリートで舗装されていない道路や、空き地などがいっぱいあったけれど、東京は違うのか。それほどまでに東京というところは、都会というところは、すべての場所がコンクリートで覆われているのだろうか。いや待ってくれ、公園や、学校のグラウンドはどうなんだ。もしかしてそこも、そこすらも、陸上競技場のようなよくわからない素材で覆われているのか。そういえばテレビで見たことがある気がするぞ……。

 今では東京でも土が見えることぐらい知っているけれど(ところで、東京、ってざっくりしすぎだ)、このとき心の奥底に植えつけられた「都会観」あるいは「東京観」は今でも根強く残り続けている。東京? ああ、あの、土のない街ね。コンクリートジャングルね。僕は、違うから。自然あふれる北海道に、今は札幌に住んでいるから。

 とか思ってたら、現在の僕は、土にほとんど触れない暮らしをしているということに気がついてしまった。札幌で、デスクワークで、もっぱら自宅と職場の往復しかしていない僕は、コンクリートで舗装された道だけを歩いている。土を見ないということはさすがにないが、土に触れることはほとんどない。土に触れたら、思うかもしれない。「きたないなあ」と思ってしまうかもしれない。

 子どもの頃はそんなことなかった。札幌と小樽では隣町とはいえ都会度は違うし、時代も違う。けれどやはり、子どもと大人の行動の違いだと思う。空き地、学校のグラウンド、よくわからない山やら林やら、子どもの僕は、たしかに土の上を走り回っていた、はずである。ちなみに大学時代もキャンパスがアホほど自然に恵まれていたので、よく芝生の上で缶チューハイ飲んだりして、土にはそれなりに親しんでいたように思う。いつからこんなんなっちゃんたんだろう。大人になってからだ。

 ここ数年、ライター仕事で農家さんを取材する機会があって、その際には当然のことながら足下は土だ。そしてたいていの場合、この土づくりというものに、農家さんは非常に苦心され、こだわりを持って取り組んでいらっしゃる。僕は何度も何度も、農家さんの土づくりについて質問している。そして農家さんの土づくりについて原稿を書いている。普段、土に触ることもない生活をおくっている僕のような人間がである。いや、卑屈になってるわけではないんだけど。

 でも、なんかほんと、ゴム長ごしに土をぐにぐに踏みながら、農家さん取材で土の上に長い時間いると、自分もいつかは土にかえるんだよなあなどと思ったりすることがあるのだ。有機質肥料を使う農家さんの場合は特に。取材からの帰宅後、靴についた土を払う(北海道弁では「ほろう」っていいますよね)。アパートの外へ出て、路上で靴の裏同士をぱんぱんとぶつけ合いながら、ああ、土の上にいたんだなあと実感するのである。

 先日、ライジング・サン・ロック・フェスティバルという野外フェスに何年ぶりかで遊びに行って、僕はキャンプするわけではないけれど昼から夜中まで会場にいればやはり土や砂でコッタコタになるわけでして、こういうときに履く靴は汚れてもよいように昔に履いていたボロボロのスニーカーと決めているのだけれど、近年アウトドアファッションが花盛りで、またフェス会場を闊歩する皆さんもたいへんにシャレオツで、僕自身もムクムク興味が湧いてきてしまったので、今は土でコッタコタに汚れてもサマになるような靴がほしい。トレッキングブーツあたりでしょうか。もしそんな素敵な靴を手に入れることができたなら、僕はもっと土の上に行きたいと思うようになるだろうか。それも悪くないなあ。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com