#55 シャワー

2014.09.25

 物心ついた頃から住んでいた借家の風呂場にはシャワーがなかった。ただ、当時は風呂は親と一緒に入るものだったから、頭を洗い流すときには親が僕の頭に手桶で湯をかけてくれた。湯船のお湯を手桶でくんで、冷水を混ぜて。僕はスポーツ刈りにシャンプーハット、両手で両耳をふさいで、目を閉じて、息を止めて。ざばー。

 シャワーというものの存在、それがどういうものかという理解が当時の僕にあったかどうか記憶がおぼろげなのだけれど、ドラえもんのしずかちゃんの家のお風呂にはシャワーがあったはずだし、当時スイミングスクールに通っていたからおそらくそこでシャワーの経験はあったはずだ。ただ、小学一年生の冬、今の実家である新居へ、引っ越しの前夜に家族で訪れて、そこでパーティーをして、その後に新しいお風呂に入ったときの「シャワーがある!」という感動を、僕は今でもおぼえている。生まれて初めての文明開化感。文明のシャワー。

 僕にとってシャワーは生まれたときからあったものではなくて、あるときを境に生活に新登場した設備だった。だから、今ではあまりにも生活必需品のように感じているけれど、実際にはなくても生きていけるものなのだ。不便だけど、まあ。とはいえ幸福なことに、それ以来僕はシャワーのない部屋に住んだことはなく現在に至る。いつ、だれがシャワーというものを考え出したのだろう。細かい穴をいっぱい開ければいいじゃん? って、シャワーを既に知っている我々からすればあまりに当たり前すぎて、だけど、なんでそんなことをやろうと思いついたんだろう。雨をつくろうとしたのかな。

 今、夏場はすっかりシャワーだけの人になってしまった。実家で暮らしているときは夜、親に「お風呂入りなさーい」って言われたら「はいはーい」なんつって言われるがままに、そしてお風呂に入るとなれば湯船につかるのは当然セット、という生活だったが、その親の沸かす風呂がとにかく熱くて熱くて大っ嫌いだったので、たぶん大学生ぐらいのときに、せめて夏場ぐらいはと思ってシャワーだけにしてしまった。湯船で体を温めないと風呂上がりが寒いのだけれど、夏ならむしろ爽やかである。夏でもぬるめの湯船につかれば、それはそれで気持ちいいのだけれど。

 シャワーだけで済ませてしまうのは、外の宿に泊まるときもそうだ。もちろん温泉宿は別にして、普通の街中のホテル、ビジネスホテルなどに宿泊し部屋の風呂場を使うというときに浴槽へ湯をはることは、まずない。出張のときも、プライベートの旅行でも。せっかくだから水道ガス代を気にせずにたっぷりためればいいのだろうが、たいていの場合は時間がもったいないのだ。夜は酔っていることが多いし、もっぱら入浴は朝ということが多いせいもあるかもしれない。

 宿のシャワーのクオリティは重要だ。特に出張の際、不慣れな土地で疲労もたまるビジネストリップの貴重なリフレッシュタイム。そのシャワーがままならないのは、つらい。ビジネスホテルには「シャワー神」がいると主張したのは何度も出張を共にしている友人のフォトグラファーであるが、まったく言い得て妙である。水温の安定性、水圧の強さ。シャワー神に見放された宿はつらい。チェックイン、部屋に入って風呂場を開けて、一見新しくて清潔で、これはシャワー神いらっしゃいますわと思わせておいて、実は気まぐれな神という場合もある。つらい。ホテルのシャワーでシャンプーしてて目も開けられないようなときにいきなり水温変わられたりすると、自宅と違ってどこを操作すればよいか、どのように操作すればよいかがわからないもんだから、本当に困る。ユニットバスの狭い浴槽の中でひとり変な踊りをする人になってしまう。つらい。

 今住んでいるアパートはシャワーが最高である。実家も含めて今まで住んだどの部屋、泊まったどのホテルと比べても、お湯の安定性、水圧、どちらもベストに近い。我、自宅にシャワー神あり。この安心感たるや。入居者減にお悩みのアパートの大家さん、意外とこういう地味なところなんじゃないですか?

 浴槽がなくてシャワールームだけという家に住みたいとは思わないが、もっとシャワールームがいろんなところにあればいいのにとは思う。いちばん思うのはオフィス。せっかく朝起きてシャワー浴びてさっぱりしてから通勤しても、通勤するだけで汗だくになってしまってけっきょく汗まみれの状態で一日を過ごすのってものすごく不合理というか、理不尽だなあと思うのだ。首都圏なんかだとオフィスとはいわないでも近場にそういう施設があったりするのかもしれないけど(自転車通勤している人とか使ってますよね)、札幌もなんとかなりませんかね。僕も遠藤保仁のようにハーフタイムにシャワー浴びたいよ。全裸でミーティングはいやだけど。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com