夏の間、ここ数年、よく履いているズボンがあって、ジャストフィットなサイズと生地の涼しさと程よいハリ感と、暑すぎるときには裾をロールアップしやすかったりとかたいへん気に入っているのだけれど、唯一の難点としては前がチャックじゃないのである。ボタンなのである。

 おそらく服飾史を紐解けばチャックよりボタンのほうが絶対に古い歴史を持っているだろうし、ズボンの前、すなわち社会の窓を長らく守り続けてきたのはボタンなのだろうと思う。ただ、僕自身の受容としてはチャックのほうが先であったから、やはりボタンというのはちょっと不便。新品のジーンズのボタンフライなんて固くて固くて開けづらいわ閉めづらいわ、洗濯機のある時代に生まれてそれしか知らないのにいきなり洗濯板を渡されるような、そんな戸惑いをおぼえてしまうのである。

 微差である。ほんのわずかの手間である。それでもやっぱり、一日に何回もとなると、やっぱりチャックがええなあ、と思ってしまう。そういや余談だけどチャックって英語とかじゃなくて「巾着→キンチャック」に由来していて、そのことを知って以来僕は「ジッパー」あるいは「ファスナー」と呼ぶことが多いんだけど、ただ、ズボンの前だけはジッパーでもファスナーでもなくて「チャック」がいちばんしっくりくるのなんでだろう。「チャック開いてる」っていうもんな。

 そうそう、ボタンフライがいいところがあるとすれば、その手間がかかるぶん逆に、閉め忘れることが少ないということだ。チャックは簡単すぎて、簡単過ぎるがゆえに忘れてしまうことがあるけれど、ボタンフライ全開ということは今までなかった。もしもボタンフライを閉め忘れてしまったら、チャックのように一瞬で上げることができない。もたつく。どんなにボタンが得意な人でも絶対にもたつく。完全に命取りである。社会的なタマをとられてしまう。

 特に面倒だなあと感じるのは飲み会のときだ。僕はビールを好んでよく飲むのでトイレに行く回数は自ずと増えてくる。飲み会のトイレは特に、一度行き始めると際限なく何度でも行きたくなってしまうものである。その都度のボタンフライ。酔ってて手元もおぼつかない。ボタンフライおぼつかないトゥナイ。ああ面倒。なので飲み会の日の朝に服を選ぶとき、僕はボタンフライを避ける。

 そもそもどうしてボタンフライのズボンがいまだに存在しているのか僕には全然わからない。納得がいかない。ボタンフライのボタンをわざと見せちゃうようなズボンならまだわかる。それはデザインの要素となっているから、わかる。しかしながら、どっちにしろ比翼仕立てで隠してしまうボタン。そのボタンフライ。全く意味がわからない。ボタンフライわからないトゥナイ。比翼といってもコートのそれとは違う、なぜならズボンの前部分は大原則として見せない部分だし、フルオープンかクローズしかないからだ。それは既にデザイン要素にはなっていないんじゃないのか。だったら全部チャックでいいんじゃないのか。

 例えばジーンズとかで「昔の復刻モデルだから」という意味なら、まだわかる。あ、そうか、もしかしてあれか。オートマ車がこれだけポピュラーになった時代にあえてマニュアル車に乗るようなものか。そのめんどくささがいいのか。楽しいのか。いやいやいやいやそんなことはないだろう。走る楽しみのように、ボタンフライ開閉の楽しみがあるなんて僕には思えない。”Be a driver.” 的な感じで “Be a social window opener.” とか言ってみたらいいのか。ないわ。なれるかいな。

 どうして僕は、色も形も素材感も気に入ったズボンのことを、ボタンフライというだけで苦々しい気持ちで買わなければ、履かなければいけないのか。きっとボタンフライのズボンをつくっちゃうような男性服飾デザイナーはみんなチャックで挟んじゃったような経験があるんだな。僕はその逆恨みのとばっちりを受けているんだ。うん、きっとそうだ。

 いえね、僕だって大人ですからボタンぐらいどってことないんですけれども、それでもときには一分一秒を争うようなときもあるんでして、つまりは「急ぐとき」というのは、どちらかといえば「閉めるとき」よりも「開けるとき」だと思うわけである。だから、挟んじゃうリスクよりも間に合わないリスクのほうをよりケアするべきだし、そういう意味でも僕は、ボタンフライなんてなくなっちまえと思うのである。なにもバスケットボールのウォーミングアップスーツみたいにベルクロでバリイイイイッて一気に全脱ぎできるズボンにしろって言ってるんじゃないんだからさあ。

 ところで、男子トイレで小なのにベルトまで外している人をときどき見るんだけど、あれなんでなんだろう。リラックス効果?


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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