#52 電球

2014.09.04

 ぷちん。

 と、音を立てた。ものすごく久しぶりだと思った。

 切れなくなったなあと思う。実家を出て暮らし始めてから約十年、賃貸暮らしを続けているが、自分で電球を買って交換した、ということがほとんどない。今すべてを思い出すことはできないけれど、たぶん五回以下だと思う。十年で五回。二年に一回。

 僕が実家で暮らしていた頃、昔といってもせいぜい僕のような若輩にとっての昔。昭和終盤から平成初期ぐらいですけど、電球ってもっと切れたよね? すくなくとも二年に一回なんてことは絶対になかった。年に数回、数ヵ月に一回は切れていたはずだ。そのたびに家族の誰かが電球を交換していた。我が家は父よりも母のほうが身長が大きい家だったけれど、それでもなぜか父が脚立を出して、電球を換えていた、気がする。

 僕と弟は母方の血をうまく継いだのと、父により幼少期からカルシウムを与えられていたおかげで、父よりも、そして母よりも高い身長に育つことができた。初めて電球交換を頼まれたのがいつのことだったか記憶にないけれど、きっと、なんか嬉しかっただろうなと思う。最終的には父が脚立を使うところを、使わずにいけたりとか。階段の途中に天井から下がっている照明があって、そこは脚立は危ねえんだ、ほんと。

 夜に切れちゃうと暗くて照明を点けたくなるんだけど、そもそもその照明が切れてるんだよ! んー! っていうジレンマが懐かしい。翌日までそのまんまでも差し支えない場所ならいいのだけど、間取り上そうもいかない場所もある。トイレとか。あれはやっかいである。

 また、場所によって、あるいはタイミングによっては、切れてすぐに換えたいということもある。ただ、電球、オールドスクールなネイキッド電球は熱い場合がある。ずっと消えていたものを点けた拍子で切れたのなら熱くはないはずなのだが、油断してはならない。その直前まで点いていたという可能性は否定できないのだ。おそるおそる、掌の指のつけ根あたりで、ふわっ、ふわっ、とふれてみる、あの感じ。あのドキドキは、できればあまり味わいたくない胸の高鳴りである。デイリーポータルZの林さんが使っていた、ものに触れずに温度を測れる温度計、あれさえあれば解決なのだが、そのためだけに買うというのもためらわれる。または革手袋でも可。

 電球の交換にはそんなような些細で地味な困難がまとわりついているが、それもこれも予備の電球を買い置きしていなければ結局、すぐには換えられないわけなのだけれど、ついうっかりストックがないというときには家の別の場所から使用中の電球を外して持ってきて換える、ということもときどきやっていた。洗面台の二つある電球の片方をよく外したものである。明るさが微妙に違ったりしてね。

 切れなくなったなあ、と思う。実家の頃とは暮らしている人数が違うから、スイッチのオンオフの頻度が違うし使用時間自体もたぶん短い。だから、そのぶん寿命が長くなるということはあるだろう。それでも、それにしたって切れなくなったなあ、と思うんだけど、世の中のみなさんはいったいどう感じているのだろう。まさか僕の実家の電気系統がおかしかったということでもないと思うのだが。

 LED電球のことはわからない。機会があれば換えたいと思ってはいるが、なんせ今の電球が切れないので、ずっとその機会が得られないままなのだ。オールドスクールネイキッド電球に、近年いったいどんなイノベーションがあったのか。フィラメントの素材が変わったのか。そうじゃないところの何かが変わったのか。僕にはわからない。中学理科からやり直したらわかるだろうか。

 てなことを、ぼんやりと思ったり、身近な人と話していた矢先のことである。ぷちん。と切れた。ずいぶん久しぶりに切れた。ダイニング上から吊している電球。ああ、換えなくちゃ、そうだ、これを機にLEDにしちゃおうか、なんて思いながら引き出しを開けたら、ちゃんと換えの電球があった。たぶん何年も前の自分が買ったその電球の存在を、僕はまったく忘れきっていた。で、さくっと換えてしまった。たまたま朝だったし、熱くないのはわかっていたから交換は難なく終わってしまった。

 今、僕の家には電球のストックがない。けれどきっと僕はしばらく電球を買わない。たぶんLED電球も買わない。いつ切れるかわからない、そして近年ますます切れない電球のストックなんて、優先順位が低すぎてすぐに忘れてしまうから。だったら確実に減り、確実になくなるのが見えるシャンプーの詰め替えストックを買ってしまうから。何なんだろうなあ、この気持ち。電球に「寿命の残量」が表示されたらまた違うんだろうと思うのだけれど。いや、平時は意識させないことが電球の美学か。

 切れた電球を振る。しゃらんしゃらんと音がする。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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