#51 しっかり

2014.08.28

 あっ、という顔をする。ほんの一瞬だけ場の空気が固まり、開かれる口から発せられる言葉は決まってこうだ。「しっかりしていらっしゃる」。

 これが、僕が二十代のときに、自分の年齢を相手にお伝えした際にもれなく頂戴したリアクションである。相手は僕より年上。だいたい三十代の中盤ぐらいに見られることが多かった。「同い年ぐらいだと思った」あるいは「年下だとは思わなかった」など。上司に連れて行かれた飲み屋のおねえさまに「三十四?」って言われたのは二十四のときだ。本当は何歳に見えていたのか。

 老け顔なのは別にいいのである。個人的にも問題ないし、新人としてはむしろ、ありがたいことですらある。ただ、実際のところ「しっかりしている」っていうのは、いったいどういうことなんだろうなあと若輩の鈴木は考えていた。

 しっかり、という言葉はなんとも曖昧だ。ざっと言い換えてみるならなんだろう。ぱっと思いつくのは「自立」だろうか。かといって、すべてが掌の中、アンダーコントロールであるというところまでは限定しない感じ。どんな不足の事態が起きようとも、内心どうかは別にして動じない、その感じ。

 もちろん「しっかりしていらっしゃる」が、その場を取り繕うための(鈴木をそのような年齢に勘違いしたのは老け顔のせいではなく、鈴木の物腰、立ち居振る舞い、発言などから総合的に「しっかりしている」と感じたからですよ。という)言い訳であることぐらい僕にもわかっている。しかしながら万が一、本当に「しっかりして」見えていたのだとしたら僕は、どれだけ若者らしい活力に乏しかったのか。あるいは態度が不遜だったのか。それはそれで恐ろしいことだ。

 「しっかり」という表現には、やはり「年齢の割に」というニュアンスがしっくりとくる。年相応の「しっかり」を持っている人は、直接それが個性にはなりにくい。そこにギャップがあるときは個性となる。キャラクターとなる。

 年齢の割にしっかりしてる人物。映画『となりのトトロ』のサツキ。マンガ『海街diary』のすず。彼女ら(きまって「彼女」だね)は、おそらく「しっかりしなさい」だなんて言われたことがないはずだ。生まれ持った資質もあるかもしれないが、仮にあったとしても、それを大きく育んだのは環境、境遇なんじゃないかなあと、物語からは感じられる。そして、彼女らはゆうても子どもなわけで、その頑張ってしっかりしているところが不意に、ふっ、と綻んじゃうときがあるわけで、そこに読者はちょいとほろりときてしまったりするわけだ。好きな女性のタイプを「健気」って言ってたイケメン芸能人がいたと思うけど、わかる、わかるよ、けなげの魅力。

 逆もまた然りで、すなわち年齢の割にしっかりしていない人物、というのもいて、つまりはだらしがない、ろくでもない(ように描かれる)いい歳こいた大人ってことである。これはもうわざわざ例を挙げるまでもないというか、そういう登場人物で多くの喜劇はできている(ときには悲劇も)。けれどきっと、そういったキャラクターの自由さだとか、天真爛漫さに憧れてしまう部分もすくなからずあって、だからこそ物語が動くのだろう。そして、そういうキャラクターが「しっかりしちゃう」と、これまた物語になる。情けない顔をしていたと思ったら、最後はイケメンに見えてくる。俳優のベン・スティラーとかそんな感じだ。

 以前、ある政治家(首相だったかな)の発言に、とにかく「しっかりと」が頻出していたときがあって、そりゃ逆効果なんじゃないのと感じたものだけれど、ついつい口癖のようになっちゃいそうになる気持ちは、すこしわかる。ある種の立場の人間にとって、人間どうしの関係性を構築していこうというときに、自分のことを「しっかりしている」と思ってもらうことは非常に大切だ。「信頼」が絡む関係性。しっかりしていない人のことを信じるというのは難しい。しっかりしていないと、裏切られてしまうかもしれないから。

 ただ、やっかいなのは、必ずしもしっかりしている人が魅力的であるとは限らないということで、しっかりしていないからこそ惹かれる、一緒にいたくなる、というケースもあるだろう。多くは恋愛や友情において、ごく稀に、ビジネスにおいても。つまりは「情」が絡む人間関係において。裏切りオッケー。むしろオッケー。ああ、なんだそれ、めんどくさ。

 見た目だけじゃなく本当に三十代になっちゃって、僕なんかほんと、しっかりしていないなあと日々まじめに思っている。悩んでいるとまではいわないが、しっかりしたいものだなあと思っている。「しっかりしていない自分のことを好きになってほしいなあ」なんてことを、意識的にできちゃう人っているのかな。いますかね。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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