#49 時間割

2014.08.14

 はじめは四角形で、いちばん右だけが少し短かった。次の年は下辺の真ん中だけが出っ張った。出っ張りは年々増えて、やがて、出っ張ってるほうが当たり前になって、いちばん右だけは相変わらず短かったのが、やがて、週によっていちばん右はまるっとなくなってしまった。

 国算理社音図体家保。中学に上がって「英」が増えて、「算」が「数」になって、「図」が「美」と「技」になった。僕の学年はたしか、中学で技術と家庭科を男女関係なく両方やるようになった過渡期の代だったと思う。ちなみに小学生の途中で第二土曜が休みになり、中学生の途中で第四土曜が加わり、完全週休二日になったのは大学に入ってから、の代。

 小学校に入学したばかりの、刺激に満ちた毎日、わくわく楽しい時間の断片的な記憶の中に「じかんわり」はある。十センチ四方くらいの紙きれに、おぼえたばかりのきったない字で(字はいまだに汚いが)、色鉛筆で色分けなんかもしていたんじゃないだろうか。家の聖闘士星矢の学習机に貼りだしていたような、遠い記憶。当時は学校の現場にパソコンはおろかワープロすら普及していなかったから、たぶん先生の手書きのものが印刷されて配布されていたはずだ。今はどうなんだろうなあ。

 幼稚園に通っていた頃にも登園時刻は決まっていたはずだし、ブロック遊びをしたり紙芝居を読んでもらったり、いろんなことをして過ごしていたはずなのだが、一日がどのようなタイムスケジュールで動いていたのか僕にはまったく記憶がなくて、つまりは自分でまったく意識・把握をしていなかったのだと考えられる。人生のなかで、毎日の「予定」を意識するようになったのはおそらく、小学生になってからだ。「じかんわり」は僕らに「近い未来、何が起こるか」を予告し、なおかつその「準備」を要求する。ランドセル(僕は小樽育ちなので「ナップランド」です)に教科書を入れ、フタがマグネット式の筆入れに削った鉛筆を揃える。

 小学生としてちゃらんぽらんに毎日を過ごしていても、いちおう「じかんわり」はあって、僕らはそれに従って生活していた。社会人として労働をして日々を過ごしている今の僕らにつながる出発点が、ここにある。

 中学まではみーんなおんなじだった時間割も僕の場合、高校に入ると選択する教科によって同じクラスでも時間割がバラバラになっていって、大学に入ったらもうほぼ完全にフリーダムな世界に突入してしまった(「必修」とされる授業がほとんどない学部だったので)。ある者は一、二年生で卒業に必要な単位のほとんどを取り終え、またある者は八年がかりで取った。

 時間割は、まったく他人から与えられたものからスタートして、大人になるにつれて自分で変更、選択、決定する余地が徐々に生まれ、拡大してきた。さて、今はどうだろう。もう、いい大人になったけれど。僕の時間割は、与えられたものに戻っているのか、それとも自分で選択、決定したものか。あるいは、自由に生きるということは、自ら時間割を決めていくことだろうか。それとも、時間割なんてものを持たないことだろうか。まあ、これに関しては正直、好みや適性が分かれるところだろうと思うけれど。仕事の種類にもよるし。

 ひとついえるのは、と近頃考えているのは、なにかを勉強して身につけようとしたときに時間割というものはとても有効なんじゃないかということ。仕事やら仕事以外やらでそれなりに忙しい社会人の毎日、新しい知識や技術を身につけるための修練は「空いている時間にやる」くらいのざっくり計画になってしまいがちで、それでうまくいくときもあるっちゃあるんだろうけど、そこにはやっぱりすこしくらいの計画性はあったほうがよくって、勉強のための計画って、すなわち時間割なんじゃないかと。もちろん学習の手順、教材の選択などは大切で、ただ、実際にそれを「やる」ためには、時間割にまで落とし込むことが大事なんじゃないのかな、という仮説。試してみたいなと思っているけど、まだ試せていないので、仮説。

 勉強とか学習とかいうと意識高くてかたっくるしく感じるけれど、なんならそこに趣味や娯楽、どんどこ入れちゃえばいいんだ。よく「スケジュールは遊びから埋めろ」っていうけど、ほんとにそういうの大事だと思う、人生。仕事が楽しい人はいいけど。いや、仕事が楽しい人ほど。仕事外の刺激って大事だよね。うん。

 今、僕が時間割をつくってみたらどうなるだろう。仕事や、家庭や、それ以外の時間割。大人の時間割。大人の国語。大人の算数。大人の理科。大人の社会。大人の音楽。大人の図画工作。大人の家庭科。大人の体育。大人の保健。いいんじゃないの、この下ネタに転びそうで転ばない感じ。グーグルカレンダーもいいけどさ、紙きれに手書きで、色分けなんかしたぐらいにして。大人の時間割。自分を自由にするための時間割。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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