#44 傘

2014.07.10

 ずいぶん前から、ちゃんとした傘を持っていない。よく考えてみれば、大人になってからちゃんと傘を買ったことがない。もう社会人生活も十年を超えたのに、これでいいんだろうか。そんなことを考えるたびに思い出すのは小学校低学年の国語の教科書に載っていた『おじさんのかさ』という物語のことだ。

 とても上等な傘を、おじさんは持っている。どんなときでも持ち歩いている。ただし雨が降ってもその傘をさすことはない。なぜなら「かさがぬれるからです。」というわけ。その話の滑稽さ、ユーモア、アイロニーの部分はさておいて、そこまで大事にしたくなるほどに立派なご自慢の傘というのはいったいどんなジェントルマンなアンブレラなんだろうなあ、と思い出すのである。きっと、僕が聞いたこともないようなロンドンの老舗ブランドとかなんだろう。『LEON』とか『GQ』とかに載ってるんだ、たぶん。ちょいわるおじさんのかさ。

 ろくな傘を持っていない。いわゆるビニール傘、実家から持ってきたブランド不明の傘、安価な折り畳み傘。年齢相応の紳士傘があればいいなとは思うが、いまいちモチベーションが盛り上がらないままだ。スーツ着用じゃない仕事だからというのもあるかもしれないけれど、たぶん、傘をさすのが嫌いだからだろう。

 そりゃ、傘をさすのが好きだという人はそんなにいないのかもしれないけれど、どうすれば傘をささずに済むかというようなことを考えることはけっこう多い。たとえば今の職場と最寄りの駅は歩いて数分で、仕事帰り、雨が降っていても僕はその間、よっぽどのどしゃ降りでない限りはささない。地下鉄に乗って、降りて、自宅の最寄り駅から地上に出たときに雨が上がっている可能性に賭けたいから。そして、もしそれでもやっぱり雨が降ってる場合。よっぽどのどしゃ降りでない限りはささない。だって、もう家に帰るだけだもの。eastern youthの名曲『雨曝しなら濡れるがいいさ』を口ずさみながら帰る。あるいは槇原敬之の名曲『この傘をたためば』でもいい。

 子どもの頃は、別にそんなに嫌いじゃなかった。通学用の鞄にはいつでも折り畳み傘を入れていた。どんなに雨が降っても傘をささなかった同級生が小学生のときにいたけれど、なにやってんだろばかじゃないのと思っていた。いい大人になった僕はすっかりばかである。自分でもくだらない意地を張っているなあと思うときもあるし、やっぱりさしときゃよかった、なんてときもある。でもなあ。すごい降っているときは結局傘をさそうがなんだかんだ濡れるし、そうでない降りのときは濡れても大したことないんじゃないのと思っちゃうのだ。

 雪が嫌いだしスキーもスノボもやらないので札幌の冬は嫌いだが、一つだけいいのは傘が要らないことだ。雪も、その量や質によっては傘をさしたくなるときもある(さしている人もいる)けれど、冬はたいてい上着や帽子を着用しているということもあって、それこそまずささない。春の訪れはうれしいけれど、傘の季節の訪れはすこし気が重い。

 僕自身が傘をさしたくないし持ち歩きたくないというのはもちろんなんだけど、人々が傘を持ち歩いているのもほんと嫌い。駅などの人混みの中で横にして持たれている傘の先端には背後から積極的に接触、あるいは蹴っ飛ばすようにしている。無言かつささやかな社会への働きかけである。ああいう人たちは傘の扱いに慣れていないのか、人混みに慣れていないのか、なんなんだろうなあ。

 まだ学生の頃だったけど新聞のコラムでカナダのどこの街だったか、バンクーバーだったかトロントだったか忘れちゃったけど、そこの暮らしが紹介されているのを読んだ。曰く、とにかく毎日のように通り雨が降るからみんなマウンテンパーカーを着ていて、雨が降ってもフードをかぶるだけで傘はささないんだという話。それも悪くないかもと思う反面、毎日マウンテンパーカーっていうのもどうかとも思う。

 よくある、人類の技術はどんどん進化しているのに傘の進化形が一向に登場しない的な話。たしかに雨を防ぐ見えないバリアみたいなものは実現していないし、したらいいよねえと思うけど。でも、きっとクルマやアーケード商店街やショッピングセンターがそれだし、通販がそれだし、インターネットがそれなんだろうね。

 天気なんか気にせず好きなことやれたらいいと思うし、できるだけそうありたいと思っているけど、それだけじゃつまんないなっていう気持ちもある。

 この前、職場からちょっと歩いたところにある飲食店で打ち合わせをして、さあ出ようと席を立ったらちょうど雨がどしゃ降りで。帰宅するだけなら濡れてもよかったんだけどまだ仕事中だったんで、ひええと思ったらお店のマスターが傘を貸してくれた。それはとても自然で、ありがたくて、気持ちよかった。職場に戻ると雨は上がった。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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