#42 満腹

2014.06.26

 僕の両親は共に戦後生まれで、父は終戦の年の生まれ。団塊世代のちょい手前で、高度経済成長を体験してきたが、なんせ子どもの頃なんかはめっぽう貧しかったと聞く(世代的なものに加えて様々な事情があって)。その当時はきっと、満腹になるまで食べられるということは至高の贅沢であっただろうと想像する。でも、今は違う。

 もう滅多なことで、食えていけないなんていうことはないのだ僕らは、という前提から始めよう。少なくともこの文章、すなわち日本語で書かれインターネットで公開されているこの文章を読んでいる人たちのなかで。本稿の主眼は高度に成熟した現代社会の知られざる貧困をあぶり出したりすることにはない。

 おなかいっぱい。もう食えない動けないというのは気持ちがいいものだ。いっさい動かなくてもよい、ただ座るか横になるかしてていい状況において、おなかがまったくの空白を残さずに満たされている状態。一般に腹八分が肝要だというのなら、腹十分、あるいは十一分くらいだろうか。とろ〜んと眠くなっちゃったぐらいにして。「もう食えないデブ〜」とか言っちゃって。ああ、太っちゃうなあなんて誰に言ってるんだか反省の弁を述べながらも、そこには抗いがたい快楽がある。

 しかし、おなかがいっぱいになり過ぎてしまうと快楽を超えて苦痛が勝ってきてしまう。腹十二分でギリ、十三分だと苦痛領域かな、なんとなくですが。また、たとえば平日のランチなど、午後からもシャキッと仕事をしなければならないのに満腹になってしまって、とろ〜んと眠くなっちゃったぐらいにして。「もう働けないデブ〜」とか言ってもだめである。つらい。

 給食おかわりしまくりっ子だったので自らのことを大食いだとずっと思ってきた。今でもその残像を引きずって勘違いすることがあるのだが、よくよく冷静になってみればそんなに大食いはできない自分に気がつく。そんなに食えない。キャパは大きくない。しかしながら早食いであることは間違いなく、これは僕にとって非常に不幸な事実だ。たとえ早食いであっても大食いであればぶち当たることはそうないであろう困難に、僕は何度もぶち当たってきた。すなわち満腹。苦痛としての満腹である。

 満腹で失敗することのほうが多い。なんだったら酒の失敗より多い。学生演劇をやっていた頃、打ち上げの一次会の焼肉食べ放題を食い過ぎて(それも、肉ではなくカレーを食い過ぎて)、その後ずっとみんなの輪から離れて横になって寝てた。何回もやった。回を追うごとに周囲からの期待、すなわち「カレーあるよ」「カレー食うんでしょ」「まさかカレー食い過ぎないよね?」という前フリが僕を責め立てたというのは否定できない。けれど正直、自分のせいである。テンション上がってた。食べる気まんまんだった。だって、食えそうな気がしたんだもん。

 今ではだいぶ満腹への強迫観念を克服できてきたと思う。おかわりすることもほとんどなくなった。バイキングで悪乗りすることもだいぶ減った(なくなりはしていない)。よく噛んでゆっくり食べる。自分の満腹感としっかりと向き合い、程よく満たされたらそこで食べるのをやめる。至極当たり前のことである。なんて偉そうに言うけど、そんな簡単にできたら世の中こんなにダイエット本が出ては消えないっつーの。ねえ奥さん。

 なんでもほら、僕らヒトって、生物として「食えるときに食えるだけ食う」ってインプットされちゃってるっていうじゃないか。ヒトの歴史上、こんな飽食の時代なんてごくごく最近迎えたばかりで、大部分は飢餓の時代だったわけだから、生物的なプログラムが書きかわってないんだってさ。それだから先進国では肥満が社会問題になるわけで。

 最近流行っているんでしょうか、糖質制限ダイエットやらの説明を読んでいるときに感銘を受けたのは「炭水化物は嗜好品だと思え」っていうフレーズで、その内容の是非はともかくとして「嗜好品だと思え」というのは警句として非常に有効、しっくりくる、ほどよいアメムチ感であるなあと感心した。まるっきり禁止というのではつらすぎる。細かすぎるルールの設定はハードルを上げる。ゆるすぎもまたよろしくない。意識づけとしての「嗜好品だと思え」。とてもいい。

 その発想を借りて言えば、満腹は娯楽だ。僕らは満腹になる必要というのは、実はない。栄養は足りている。けれど、それでも、たまにはリミッターを外したい。刹那的な欲望のおもむくままにがっつきたい。おなかぱっつんぱっつんになって「もう食えないデブ〜」なんて言ってみたいのである。ヒトの本能を追体験するアミューズメント。いいじゃん、たまには。たまにはだけど。

 食べる前はあんなに美味しそうに見えた料理たちが、ものの三十分後にはまったく輝きを失うあの現象に名前があるなら教えてほしい。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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