#36 グローブ

2014.05.15

 革製品っていい。傷がつきやすかったり水に気をつけなくちゃいけなかったり、心配事や手間は少なくないけれど、それでもいいものはいい。そんなに多くを持っているわけではないが、いつかは手に入れたい、と思うアイテムはいっぱいある。札幌のあの職人さんの鞄や、アメリカのあのブランドの靴や。いつか、もっと稼げるようになったなら。

 自分の稼いだ金でなかったとはいえ初めて自分の所有物として手に入れた革製品、まさに「手に入れた」革製品は、グローブだ。野球のグローブ。地球じゃなくて手袋のほうのグローブね。音楽グルーブは地球のほうだからね。

 野球中継なんかでは「グローブ」よりは「グラブ」って呼ばれることのほうが多い気がするけれど、なんでだろう。「ピッチャーのグラブを弾く強襲ヒット」なんつって。「グローブを弾く」って言わないよね。そりゃたしかに発音的にはグラブのほうがリアルっぽいけど、それでも日常生活においては、たとえ野球部だって「そのグローブ取って」って言うと思うんだよね。「グラブ取って」とは言わんよね。アナウンス用語なんですかね。

 グローブを初めて買ってもらったのは小学一年生のときだったはずだが、それは革のグローブではなく合成皮革のやつだった。当時の僕にそれが合皮か本革かなんてわからないしどうでもいいことで、グローブというだけでうれしかったはずだが、いつどこで買ってもらったのか、そのときどんな気持ちだったかは憶えていない。気づいたらあった、に近い。僕が小さかった頃は男子はだいたいみんなグローブは持っていた気がするんだけれど、今はどうなのかなあ。このまえ「DS持ってないとみんなの遊びの輪に入れない」っていう話を聞いたときには驚いたけれど、グローブもそれに近かったんじゃないのか。もちろん全員がグローブを持っていたわけではないし、まあ、持ってなくても貸し借りすればいいだけだったし。

 そう、貸し借りできるっていうのはグローブの大きな特徴で、それは野球が攻撃と守備の「表裏」があるというスポーツならではだ。練習するなら全員が持ってなきゃいけないけれど、試合なら人数の半分のグローブがあればオーケーで、遊びなんだから練習なんか要らなくて。ま、サッカーはサッカーボール一個でいいんだけどさ。でも、貸し借りできるっていうのがいいじゃないか。もちろん手に合う合わないがあるから「借りるならこいつの」ってのもあったりしてさ。左利きのやつだけは借りられなくって、右利き用グローブをいちいち脱いで投げていたっけな。

 三年生で少年野球チームに入って、四年生のときに新しいグローブを買ってもらった。最初のグローブでは小さくなりすぎてしまったからだ。このときのことは、憶えている。めっちゃうれしかったのを憶えている。小樽のスズキスポーツで、少年野球チームの帽子をかぶってたから一割引きで、六千いくらが五千いくらになったのを憶えている。このとき、父が「こんどはちゃんと革のグローブを買おう」という旨のことを言ったのを憶えている。そしてそのとき初めて「僕のは『ちゃんとしてない』グローブだったのか」ということを認識したのである。

 買ったばかりのグローブは硬い。子どもの握力ではボールをキャッチしても取りこぼしてしまうほどに硬い。こいつを軟らかくしてキャッチしやすくするためには、もちろんガンガン使い込むのは前提で、その他にもぼろきれでオイルを塗り込んだり、「ポケット」をつくるためにボールを入れて布団の下に敷いて寝たりした。この「なじませる」プロセス、今にして思えばザッツ革製品のプロセスである。あまり上手ではなかったし、今も得意ではないけれど。僕はチームメイトの真似をして人差し指を外に出していたら、そのかたちがそのままクセになってしまった。友達の持っている、開閉でパフパフって風が起きるようなぺしゃんこのグローブ、たぶんお下がりだったんだと思うけど、あの域を目指しつつも、あれはあれでボールが取りにくそうだなあと思ったものだ。

 スポーツ用品店の野球用具売場を通ればすかさず漂うあの匂い、あの革の匂いもまた、グローブの特徴といえるだろう。きらいじゃない。マンガ『かっとばせ!キヨハラくん』の中で、ピッチャーとキャッチャーが試合中に話すときにグローブで口元を隠すのはなぜか、という疑問に対し「グローブの革の匂いをかいでいる」というギャグがあったのを鮮明に憶えている。いまだに野球中継を観てて、そこに漂う匂いを想像してしまう。

 革製品っていい。経年を楽しめるのがいい。そう思うことが多くなったのは、僕自身がようやく経年し始めてきたからかもしれない。数年前、グローブを買った。キャッチボール用に、軟式の、本革の。うれしくってしょうがない。年に何回かしかやらないけれど、それでもうれしい。キャッチボールしようぜ、磯野。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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