#35 もしもし

2014.05.08

 はい、鈴木です。

 それが我が家の電話の出方であった。父、ハキハキ。母、ふつう。兄、ふつう。弟、ふつう。テンションに偏りのある、そんな鈴木家黒電話。ジーコジーコの黒電話。

 なので、電話に「もしもし」と出る、というのは、マンガやドラマ、小説などで知った言葉というか習慣であり、僕にとってはリアルではないひとつの型であった。舌打ちの音である「ちっ」と声に出して言う人がいないように。

 もしもし、と言うのはよろしくないよ、と教わったのは就職したときだったか、本かネットで読んだんだったか。曰く「もしもし」というのは電話が遠いときの「聞こえますか」の確認であり、かつて通信状態が悪かった時代に多用されたのが挨拶的に定着して現代に残ってしまったものであり、はっきりと聞こえている現代の電話、とりわけビジネスの通話においては不要である、むしろすぐさまちゃんと名乗りなさい、ということであった。なるほどなあ、と合点がいきつつ、僕自身は「もしもし」と言う習慣がもともとなかったので助かった。

 社内にいて固定電話を取れば基本は「(社名)です」。もしもし、は要らない。携帯電話にかかってくる電話には「はい、鈴木です」または「(社名)の鈴木です」と、新入社員の僕は出た。ひとつ問題があったのは、社内に鈴木が十人近くいて、しかもけっこう偉い方ばかりで、しかもしかも、皆さん下の名前で呼び合うのが一般化している文化だったのだ。社内の先輩からかかってきた電話に対して「鈴木です」では叱られる。「拓磨です」と出る。ちょっと照れた。照れるので、長いけど「鈴木拓磨です」と、よく言っていた。フルネームで名乗りがち、鈴木拓磨です。

 もしもしの歴史的経緯、すなわち通信状態の進化は固定電話の進化である。しかしながら、言うまでもなく携帯電話の時代である。僕が就職した2004年、既に携帯電話は持っているのがフツーだったが、その会社ではちょうど前年から社用の携帯電話が持たされたと聞いた。僕の入社以前は皆さん私物の携帯電話を使っていた(通話料は自分持ちだった)らしい。ぎりぎり過渡期の後だった。あぶねえ。

 携帯電話の通信状態、電波のつながり方や音声の品質は、もちろん以前に比べればかなりよくなったと思うが、それでも固定電話にはかなわない。あたりまえっちゃあたりまえである。電波が切れちゃうこと、ある。そんな現在。もしかすると「もしもし」が使われる、それも本来の意味で使われることは、むしろ増えているんじゃないだろうか。「もしもし、ちょっとお電話が遠いようですが」なんつって、じっさい僕も使うことはあるし。

 それを逆手にとって、実をいえば僕はわざと「もしもし」を使うことがある。それは、一呼吸おきたいとき。落ち着く時間、考える時間がほしいとき。相手の音声が正しい漢字とかなに変換されて僕の脳に定着してくれるまでの時間を稼ぎたいときに、僕はもしもしを挿入する。「もしもし(間)もしもし、もしもし、はい」なんつって。完全に小芝居であるが、まれにある。こっちも向こうも固定電話のときもある。別にお電話は遠くない。すみません。

 最近、もう一つ「もしもし」の効用が認められるシチュエーションを発見したので、より頻繁に使用するようになってきた。こちらからかけるときも、かかってきた電話に出るときも、どちらの場合も僕は最初の一言を「もしもし」で始める。それは、人混みの中にいるとき。つまり「僕は電話を始めましたよ」の合図として、記号として、僕は電話の向こうの相手にではなく、僕の周囲にいる人々に「もしもし」と言っている。

 べつにたまたま通りすがりの赤の他人のために気を遣う必要なんかないのかもしれないし、そんなことまったく気にしない人だってたくさんいるだろう。でも、わざわざ僕がそうしてしまうのは、逆の立場のときに僕がびっくりするからだ。僕の視界の外にいて、携帯電話を耳に当てているかどうかわからない人。あるいはイヤホンとマイクでハンズフリー状態の人。いきなり始まる親しげな語り口、からの、応答なし。巨大な独り言。「えっ?」ってなる。身構える。いや、さすがにすぐわかる。ああ、電話してるんだということはわかる。それでもやはり、一瞬はビクッとしてしまうのだ。流行らないかな、このもしもし。

 テレビ電話は、ほとんどしたことがなくて、ごくたまに打ち合わせで使うぐらいなのだけれど、「もしもし」って言わない気がする。通信状態がよくないときはそれこそ携帯電話よりも頻繁にあって、そんなときはストレートに「聞こえますか?」って言っちゃってる。「もしもし」は、相手が見えていないから言えるんだな、きっと。もしもしの向こうには想像上の相手があるのだ。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com