会社帰り、深夜の閑散とした地下鉄の車内に、ゴトン、と何かが落ちる音が響き渡る。咄嗟に「人の頭?」という考えが脳裏をよぎる。そんな、突拍子もない非現実的なことをどうして思ったのかわからない。人の頭が落ちるのを聞いた経験などもちろんない。ただ、その音の大きさと鈍さから、ちょうど人の頭ぐらいのものが、床に落ちて転がったように聞こえた。おそるおそる音のしたほうを見る。座っている若い女性の足元、床にビニール袋が転がっていて、中にはまさに人の頭のような大きさの物体がのぞいている。まるでパンクスのようなギザギザツンツンにおっ立った髪型の。髪型の?

 さすがに「人の頭」と思ったのは僕だけだったかもしれないが、まあまあいい音量だったこともあり乗客の注目を集めた彼女は、ちょっと照れくさそうにパイナップルをビニール袋にすっぽりしまい、膝の上に載せた。

 と、いうわけで、パイナップルだった。いっこまるごとのパイナップルが、ゴトン。なんだ、パイナップルか……人の頭じゃなくて本当によかったが、その若い女性がどうしてパイナップルを、いっこまるごと持ち歩いていたのかは謎のままだ。実家が果樹園なんだろうか。

 ずっとパイナップルといえば缶詰の輪切りの砂糖漬けしか食べたことがなかった。あの缶詰の汁を飲むのがまた好きでねえ。いま思えばほとんど砂糖汁なんだけど。いや、当時もそうだってわかってたけど。それでも、パイナップルの風味と、いつも飲めるもんじゃないっていう事実とが、いやあ、うまかったなあ、あれ。

 初めて、缶詰じゃない生のパイナップルを食べたのはいつだったか、きっと母が気まぐれで買ってきたんだろう。カットされてパックに入って売られているようなもの。最近はスーパーで普通に見かける気がするんだけど、昔からあったっけ、あれ。まあとにかく。それがパイナップルだといって食卓に登場したときは、訝しげに見たよね。なんで「あの汁」がないのかと憤慨したよね。

 びっくりした。別の食べものだった。すっぺーな、と思った。それまで砂糖漬けしか食べたことがなかったのだから、そりゃそうだ。でも、うめーな、とすぐに思った。果肉の果肉たる果肉感。そしてあふれる、あふれる果汁。僕が「ジューシー」の意味を知ったのは、あの瞬間だったのかもしれない。いや、大袈裟に言ってるよ。言ってみたよ。それまでだってリンゴやミカンやブドウやモモは食べたことがあったし、実際の水分の含有量がどうなのかは知らないよ。知らないが、そのジューシーさ、パなかったんだよ。

 甘味と酸味とあふれる果汁。ただ食べるだけでももちろんうまいパイナップルだが、そんな食材をなにか料理に活かしたいと初めて考えたのはだれなんだろう。つまりは肉料理とのマリアージュの話。たとえばハンバーグ。

 ハンバーグレストランびっくりドンキーは札幌が本社で(発祥は岩手)、北海道、特に札幌エリアには店もいっぱいあってなじみ深い存在であるが、ここ数年はテレビ番組などの露出も増えてきて、全国的に知名度が上がってきたようだ。そんなびっくりドンキーのハンバーグはトッピングが四種の中から選べて、エッグ、チーズ、おろしそ(大根おろし+しそ)、そしてパイナップルなのである。

 酢豚の例を引くまでもなく、パイナップルの肉料理への活用には賛否両論あるのである。バラエティ番組でびっくりドンキーがとりあげられたときも「ええー」なんつって、いじられるのが恒例なのである。この文章をお読みのあなたも、ここまでお読みになりながら怒りに打ち震えておられるかもしれない。わかります。わかりますよ許せない派の気持ち。それでもメニューとしてサバイブし続けているというのは賛否の賛があるからで、それなりの注文があるからこそびっくりドンキーだってラインアップしているのだろうし。肉にパイナップルのアリ派とナシ派のあいだには、暗くて深い川が流れている。「どんなに頑張っても痩せない人」と「どんなに食べても太れない人」のあいだに流れる川と同じぐらい暗くて深い。

 僕はといえば、ハンバーグにパイナップル、アリだ。というわけで、酢豚のパイナップルもアリだ。ちなみにいうとカレーライスにもアリだ。一度だけだが皮だけ剥いて、いっこまるごとトッピングしたことがある。冒険だった。けっこううまかった。どのように食べたのかおぼえていない。

 ただ、びっくりドンキーで注文したことは一度もないのだ。だって、だって、だったらエッグやチーズのほうがうまそうなんだもん。出てきちゃったら、まあ、嫌いじゃないんだけど、あえて頼むかといえば、頼もうという気はなかなか起きないんだなあ。僕はこうして、ほんとうはうまいかもしれないものを見過ごし続けていくのかもしれない。そんな気がしてきた。頼んでみるかな、パインバーグディッシュ。いや、だったらチーズを……。


face

鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com