#33 袋小路

2014.04.24

 マンガ『おぼっちゃまくん』に、袋小路金満(ふくろこうじ・かねみつ)という登場人物がいて、それがたいそういけ好かない野郎なのである。親が一代にして財をなしたいわゆる成金で、金の使い方やその誇示のしかたに品がないという設定。いや、一代にして財をなすなんてなかなかできないことですよ? ですけど、おぼっちゃまくんこと御坊茶魔のような昔っからの超弩級大金持ちとは、その規模はもちろん、その根っこにある精神においてまるで違うのである。

 袋小路という言葉からポジティブなイメージを導き出すのはなかなか難しい。なんせ行き止まっているわけである。どんづまっているわけである。現実の道としても比喩的な表現としても「袋小路に入る」といったらその先には展望が見えず、引き返すよりほかない。それにしても、綾小路やら武者小路やら、なにかと小路は高貴っぽいと相場が決まっているのに、袋になった途端に台無しになるというのはさすがのネーミングである。

 いわゆる悪役な袋小路くんであるが、そこでこう、モヤッとするというか、シンパシーとまではいわないが嫌いになりきれないというか、鈴木少年的に引っかかるところがあったのは、今にして思えば当時の僕が袋小路に住んでいたというあたりに理由がありそうだ。一歳から六歳まで、四軒ほどの家が並ぶ袋小路のいちばん奥の借家に住んでいた。国道に面した小路の奥。住所は奥沢一丁目。改めて書くと、なんか奥まり感がすごい。僕の幼少期は奥と共にあり、僕の人格は奥で形成されたといえる。鈴木改め奥です。

 うっかり入ってしまった人にしてみれば「わっ」「なんだよ」「チッ」と感じることだろう。ただ、そこに住んでいる者、そこに「帰る」者としては、袋小路は決して悪くなかった。むしろ落ち着いてよかった。袋小路の最奥にスッポリとたたずむ我が家。行き止まりということは通行人がいないのである。我が家の人間と、我が家に用のある人間しか、我が家の前には来ない。だから家の前の道は事実上の庭状態。そこで父は日曜大工をしたし、夏には僕と弟、子ども用ビニールプールで水遊びもした。道といっても車で入れないような細い土の道だったし、あの「道」部分がほんとうに「道」だったのか、誰かの「土地」だったのかは今となってはわからないけれど。

 お隣、つまり袋小路の手前側の家では犬を飼っていた。「リフ」という名の白い犬。こいつがよく吠えるやつで、鎖につながれてはいるんだけどその長さはギリギリで、子どもとしては非常におっかなくて。でも家から出かけるにも家に帰るにもリフの犬小屋の前を通らなければならないのである。だって僕んち奥だから。行き止まりだから。他に道はないから。怖かったけどかわいかったな、リフ。

 今までの人生のなかで袋小路に住んだのはその期間だけ。というか、袋小路に遭遇するようなことってよく考えるとそうそうない。もしかすると、北海道に住んでいるからだろうか。都市としての歴史は本州に比べれば非常に浅いし、そもそも土地もだだっぴろい。札幌の中心部は碁盤の目として有名だけれど、郊外の住宅地にしたってわざわざ袋小路をつくるような造成のしかたはしない。あるとすれば、山の中を分け入った先に家、みたいなパターンか。行き止まりではあるけれど、木々鬱蒼の山どーん。それを袋小路と呼んでよいのかどうかはちょっと疑問だ。やはり袋小路というのは都市の中にあってこそしっくりくる。それも整然というよりは、猥雑とした雰囲気に満ちたエネルギッシュな都市。

 アクション映画ではお決まりの袋小路シチュエーション。多勢に無勢な状況でうまいこと逃げ切りたい主人公が追い詰められる場所。万国共通、言語や文化を超越した、グローバルスタンダードな窮地である。観ているこちらは「やっぱりな」という思いを抱きながらも、ドキドキを禁じ得ない。ああ、どうなってしまうのか主人公。逃げるのか、いや逃げられない。立ち向かうのか、それにしては圧倒的ビハインド。

 まあ、たいていはなんとかなるのだ。ボコられちゃったり拉致られちゃったりするパターンもあるけれど、袋小路といってもどこかに逃げ道はあったりする。ビルのドアがいきなり開いて「こっちよ、早く!」とかね。僕もやってみたかった、それ。古い木造の引き戸をガラッと開けて「こっちだよ、早く!」なんつって。誰も逃げ込んできてくれなかったもんなあ。惜しい。

 住んでいた袋小路にも実は抜け道があった。物置の裏に回って子どもの足にはしんどい獣道をざくざくと進むと、よその家の庭に出るのだ。そこは本来ならばグルッと回り道しなければならない友人宅。そのショートカットを知ってから、引っ越しでその家を去るまでの短い間、僕は何度もその道を通った。袋小路の抜け道。存在しないはずの道。ワクワクした。

 まあ、たいていはなんとかなるのだ。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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