安くものを買うことをやめようかと思っている。

 安売りは好きだ。理由があって安いのはいいのだ。掘り出しものを掘り出せたときの快感というのは、でっかい芋をずっぽしそのまんま掘り出せたときと同じで、まったくほかでは得がたいものだ。いいものであるというだけでなく、「安く」という部分も含めて楽しいのである。だからスーパーの値引きシールは大好物だし、今後も全力で向き合いたいと考えている。

 衣料品のバーゲンも好きだし、アウトレットも好きだ。季節外れであったり、型が古かったりするもののなかから着心地のよさそうなものを見つけ、安く買い求めるのは楽しい。ただ「アウトレット専用」なる商品を見るときに、一抹の「これでいいのだろうか」感が引っかかるのは否めない。高校の修学旅行の自由行動を思い出す。同じ班の友人の希望で裏原宿の店に行って、一枚一万円するTシャツを見たときの驚き。結局、その友人も買わなかったけど、そのときの気持ち。それは、ブランドの価格という問題意識とつながっている。そのあたりはナオミ・クラインの著書『ブランドなんか、いらない』が面白い。

 フェアトレードという言葉が聞こえてくるようになったのはここ十年ぐらいだろうか。正直なところ僕はそのへんのムーブメントに対して、熱心な消費者ではない。話として頭では理解できるし、それこそ『ブランドなんか、いらない』にも、低賃金で働く発展途上国の労働者の様子はたくさん描かれている。ただ、だからといって今の生活をやめられない自分がいる。「いや、でも、そういった国はそもそも物価が安いんじゃないの」「国の間の貧富の差ってつまりはどゆことなの」「で、僕らはどーすりゃいいの」って考え始めるとすぐに脳みそがショートするような気がして、すぐに考えるのをやめてしまう。保留のままで、どこで、だれの手によってつくられたのかよくわからない布地を身にまとって生きている。

 どこか遠い国の話は僕にとってはやっぱり遠い。それが、他人事ではないとちょっとだけ感じるようになったのは、ふと自分の仕事をかえりみたときだった。仮に商品やサービスに適正価格というものがあるのだとして、それは、その商品やサービスに関わる人々に対する適正な報酬が支払われているということを意味するだろう。その価格がありえないほどに安くなっているのだとすれば、どこかの業者や労働者をいじめ抜いた結果なのかもしれなくて、それを営業努力といってしまうのはやるせなくて、それは明日のわが身でないとはいえないのだよね。なぜなら僕らは、買うだけではやっぱり生きていけないから。

 ものを安くするための努力を、つくり手・売り手は積み重ねる。原材料を安く調達するには。人の手を、時間を少しでも減らすには。それは正しい。まことに正しい。そのことが、価値をつくっていさえすれば。たとえば安価に提供することができるようになることで、多くの人々を救うものがある。医薬品とかね。で、価値って何だ? まったくお金のことは僕にとって、今も全然わからないことばかりで、ぐったりしてしまう。考えるのをやめたくなるほどに。

 僕はもうかつてのように、ただ安いことを無邪気には喜べなくなってしまった。

 そう思うようになったのにはもうひとつ理由があって、ちかごろ「いいものは、やっぱり、高いのだね」というセリフを口にすることがめっきり増えたからだ。

 衣料品であればニットしかり、シャツしかり、肌着しかり、レザーしかりである。あるいはインテリア、家具しかり。ぱっと見た感じの素材感や手ざわり、仕立て。なんとなく「いいなあ、これ」と思う。そして値札を見る。「ああ、やっぱり」と思う。きっと僕のような者でも若輩なりに年齢を重ねて「いい」と感じる基準が変わってきたということなのだろう。それはそれで成長というか成熟というか、喜ばしいことであるのだが、同時に僕にとって不幸なのは、その「いい」と思う感覚の成熟と、収入の成熟とが不一致であるということだ。僕は手に取った商品を陳列棚にそっと戻し、背筋を伸ばしてにっこりと余裕の微笑みをたたえ、ナチュラルな振る舞いで店を出る。宝塚の女優のように、冷汗は首から下だけで。ああ、そういうところばかり大人になってしまった。

 安くものを買うことをやめようかと思っている。というのはなにも「労働者に正当な対価を」と息巻いているわけでもなければ「本物を知る目利きになっちゃったんだよねフフン」といいたいわけでもない。ただただ「安物買いの銭失い」を避けたい、という至極小市民的な精神の発露なのである。

 いい目を持ちながら、多額の収入を得られるようになったなら、さぞや浮世は楽しかろう。さ、いっぱい稼いでいっぱい使うべ。ほれほれ、言うだけ言っとけ言っとけ。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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